読書感想『籠の中のふたり』薬丸 岳
子供のころ母親が自殺したことで人と深く関われなくなった弁護士・村瀬快彦。
父親も病気で亡くし、親戚づきあいは絶えていた。
ところがある日、快彦のもとに傷害致死事件を起こした同い年の従兄弟・蓮見亮介の身元引受人になって欲しいという連絡が入る。
子供のころに顔をあわせたきりの亮介がなぜ自分を指名したのかがわからなかったが、快彦は渋々その依頼を受諾した。
出所してきた亮介は明るく、誰かのために動くことを厭わない、知らなければ人を殺した過去があるとは到底思えない男だった。
亮介といるうちに徐々に昔の自分を取り戻していく快彦だったが、そんな折、自分の出生の秘密を知ってしまう。
自分が何者かわからなくなった快彦と、人を殺してしまった亮介…彼らの過去に秘められた真相が徐々に二人を結び付けていく。
酔っぱらって起こした喧嘩で人を殺してしまったという亮介と、母親の自殺の真相がわからず自分のせいだったのではという思いにとらわれている快彦。
疎遠で接点のなかった二人が、徐々に距離を縮めることで快彦が人として成長をしていく物語でもある。
快彦には亮介が本当は何を考えているのかがよくわからないのだが、それでも付き合えば付き合うほどに彼の起こした事件に疑問を抱くのである。
優しく、情にも熱い亮介が、およそ粗暴な事件とは結び付かないのでだ。
誰かを助けるために必死になれる亮介に巻き込まれるうちに、快彦も長く閉じこもっていた殻を破り始める。
ところがそんな折、亡くなった父親の遺品から快彦は自分が父親の実の息子絵はないことを知ってしまうのである。
果たして自分は何者なのか…その疑問を紐解いていく中で、それが亮介の起こした事件とつながっていることを知ってしまうのだ。
人に本音を話せなくなった快彦と、本当のことを誰にも言えなかった亮介、そんな二人が過去が明るみになる中で本当に心を許しあえる友人になっていくのである。
その過程で、どういう理由があれ「人殺し」である亮介が出所後の社会で受け入れられることの難しさが描かれる。
最初のうちは明らかに亮介の方が成熟しており、快彦の歪さが描かれているのだが、徐々に成長していく快彦が今度は亮介を支える側に回っていくのである。
消えない過去に捕らわれた二人が前に進もうと足掻く一冊である。
どんな理由があろうと許されない「殺人」の罪を背負うとはどういうことなのかをを考えさせられる。
人が急に死んでいなくなる、その事実の重さがのしかかる一冊であり、その後も生きている人々の悩みに向き合う一冊だ。
重たいテーマのなのだが文章はスピーディでむしろ軽やかであり、そしてどこか日常のあり触れた可笑しみや温かみが溢れている。
いろんなトラブルが起きながらも描かれている内容は事件ものというよりは人間ドラマである。
二人がそれぞれ何を背負い、それでも生きていく様を見守りたい一冊だ。
こんな本もオススメ
・天祢涼『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか 』
・平野啓一郎『ある男』
・逢崎 遊『正しき地図の裏側より』
一度起こってしまったことは、なかったことにはできないのだという当たり前のことが強く刺さりますね。