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読書感想『黙過』下村敦史

命の倫理とはなんだろう。

移植手術を受けないと助からない、交通事故で意識不明の患者。
彼は自身の臓器提供の意思を示していた。
彼の臓器があれば何人もの命が救える…『優先順位」
パーキンソン病を患った父が安楽死を希望している『詐病』
過激な動物愛護団体により攻撃される養豚場で窃盗事件が発生する『命の天秤』
人間として許されないことでした…そう言い残して自殺した友人。
その言葉が一体どういう意味のなのかを探す『不正疑惑』
そして、その四つの話の真相が明らかになる『究極の選択』の5編で構成される、命の重さに真っ向から向き合う連作ミステリー。


一見関係のない四つの話が最後に一つになる、医療ミステリーである。
まず一つの命を犠牲にすれば多数の命が助かるという問題から幕を開け、安楽死について触れ、人と動物の命の重さについて考えさせられ、臓器移植の問題について展開し、それらが最終章ですべて繋がるという最初から最後まで簡単に答えの出せない、人によってきっと答えの違う「人の命」についての問いかけが繰り返される一冊だ。
最終章以外の一話一話、うっすらと登場人物のつながりが見え隠れはするもの独立したミステリーとして成立しているのがまず凄い。
いや一部、それで納得しちゃう?と思わない部分がないでもないが…うん、おいおいそれでいいの?と思わんではないとこも多々あるんだが、そこも含めて最終章への伏線なので最後まで読めばそんなに気にならないかな?
一貫して問われるのは『命』の重さで、『人間』としての倫理観だ。
一人を犠牲にして多数を助けることの是非や、最初から食べられるために生まれてくる豚とペットの犬や人間の命の重さの差、安楽死を選択する心境や、お金や権力によって優先順位の上がる命について…と現代において存在するあらゆる『命』とは?が展開されるのだ。
そして最後に問われるのは『人間としての命』のありようである。
どこまで、どんな治療で、どうな方法であれば、それは許容されるのか…
技術の問題だけではなく、人間の倫理観にも深く関わる疑問を投げ掛けてくるのである。
そんな命についての疑問や問題提起を投げ掛けながらも、ちゃんとミステリーなところが凄い。
ただ命の是非を問う医療小説というわけではなく、色濃くその命題を投げ掛けながらも間違いなくこれはミステリー小説なのである。
いや~…読み終わった後でしっかり謎解きはされてミステリーとしては腑に落ちるのに、心にどっかりとのしかかるものがある一冊ですね。
まぁ、若干ちょっと作者の想いの偏りは感じちゃいますが…それはそれで、そういう考えの人なのね~で楽しめるレベルじゃないかな、と。
個人的には…うーん、難しいね…ちょっと下村先生とはそこの感覚が違うかな、っと思わんではない。
でも一つの考え方として、真正面から向き合った命への真摯な考察として面白かった。
意見のあうあわないで響くかどうかは変わるだろうが、興味深く考えさせられる一冊である。

こんな本もオススメ

・柚月 裕子『ミカエルの鼓動』

・夏川 草介『スピノザの診察室』

・東野圭吾『変身』

医療が進歩していく中で、人間として生きることとか、どうやって生かされるのかとかってものすごく難しいなって思う…。
生きている、命がある、それって…もちろんそこが基本だってわかってるんだが…そこだけに注目するのはなんか違う気がしちゃうんだよなぁ…

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