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読書感想『恋とか愛とかやさしさなら』一穂 ミチ

「死刑か去勢」

カメラマンの新夏は啓久と交際5年になる。
共通の友人の結婚式に出席したその日、啓久は新夏にプロポーズをした。
そのプロポーズを受けこれからのことに思いを馳せていた新夏に、啓久の母親から予想だにしない連絡が入る。
「啓久が盗撮で捕まった」
自分にプロポーズをした数時間後に、女子高生を出来心で盗撮したという事実の意味が分からず新夏は葛藤する。
啓久が「出来心」で犯した罪は徐々に波紋を広げていく…


うおぉぉ…感想が…なんていえばいいのかすごく難しい…。
既に5年を共に過ごし、これからも一緒に生きていくのだと当たり前に感じていた新夏と啓久。
だがそんな当たり前に、啓久の「出来心」が罅を入れる。
出来心…出来心ってお前…って多分全女子がまず思うだろうし、全く理解はできないんだが、多分本当に「出来心」としか言いようがない、何も深く考えていないその瞬間の軽い気持ちで啓久は女子高生のスカートの中にスマホを滑り込ませたのである。
そしてそれは見とがめられ、警察沙汰に発展してしまうのだ。
触るわけじゃない、ただちょっと見たくなった…啓久の口から出るそんな言葉の数々がいや意味わからん、マジこいつ自分のしたことの意味を正確にはわかってないんだなって嫌悪感でいっぱいになりつつ、多分世の中にこの程度の認識で同じことをしてるやつが、めちゃくちゃいることも容易に想像がついてゾッとする。
そんな啓久の言葉の端々に、理解が出来ない、何もきちんと伝わってないと感じながら、新夏は、それでも彼が好きでだからこそ自分がどうしたいのかがわからなくなる。
新夏の混乱する心情がとても丁寧に描かれていてその心の揺れに僕はとても共感した。
啓久の自分がしたことに対する最初の意識の軽さに苛立ち、だが、その出来心によって回りの見る目が決定的に変ってしまったことで初めて自分の罪の重さを自覚していく様はリアルで、そうやって自覚するだけ啓久が普通の人であることも痛々しい。
軽い気持ち、出来心…でも1回実行に移せてしまった事実が、本人以上に周りに重くのしかかっていく。
性犯罪者だと激怒する実の姉、示談も成立したから大したことではないと言って無かったことにしようとする母、結婚前に弱みが握れたと思って割り切ってしまえという友人…それぞれの反応に共感と違和感を覚え自分がどうしたいのかがわからなくなる新夏。
痴漢や常習的な盗撮魔たちと自分は違うと思って、彼らを見下している啓久など…もう、なんかね、誰か一人と完全に意見が合うわけじゃないんだけど、その気持ちの一端がわかってしまって辛い。
前半は啓久のことが好きなのに、どうしたらいいかわからなくなってしまった新夏を中心に、後半は自分の出来心がどんなに愚かで軽率だったのかを自覚した啓久を中心に展開し、出てくる言葉一個一個が軽く受け流せない粘り気をもってまとわりついてくる一冊でした。
凄く興味深くて…同時にやるせなくて、腹立たしいし息苦しいし、でもなんか当事者じゃないことを思い知らされるような一冊。
読む人を選ぶかもだが、なんか…読んで欲しい一冊だとは思う。
これは…辛い…。

こんな本もオススメ。


・天祢涼『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか 』

・柚月 裕子『風に立つ』

・薬丸 岳『籠の中のふたり』

たった一度、その一瞬、道を踏み外しただけ…が一生ついて回るんだよなぁ…過去は変えられないからこそ、今どう生きていくのかを普通以上に考えないといけなくなってしまうんだなって思い知らされるような本ですわ。

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