読書感想『嘘か真言か』五十嵐 律人
念願がかなって志波地方裁判所の刑事部に配属された、任官して三年目の裁判官・日向由衣。
しかし、移動先の先輩・紀伊真言裁判官は癖が強いことで悪評が名高い。
理系大学院出身の変わり種で、プログラムを組むように淡々と裁判を進めバグを処理するように有罪判決を宣告するといわれる紀伊…それだけでなく彼は『嘘を見抜ける』とも言われている…。
赴任したばかりの判事補には仕事がない由衣が裁判に参加するには、紀伊が合議審を執り行ってくれないといけない。
ところが、紀伊は単独審しか開いてくれず、合議審を行ってほしいなら「紀伊真実が嘘を見抜けるか、見抜け」という課題を出してくる。
裁判に参加させてもらえず、傍聴席から審議を見守り、その課題をクリアしようとするが…
裁判所の中から事件を見るリーガルミステリー。
地方裁判所を舞台に、裁判官の側から刑事事件に挑むリーガルミステリーである。
新人である由衣は、何とか自分も裁判に参加させて欲しいと紀伊と上司の阿古部長に頼み込むのだがどちらも首を縦に振らない。
プログラムのように事件を裁く裁判官・紀伊真実が嘘を見抜く力を持っているかどうかという非科学的な問いを解かなければいけないのである。
高齢女性の万引き、詐欺グループの司法取引、著作権違反、在留特別許可という、一見関りのなさそうな4つの裁判を通して紀伊真実という裁判官の特異性がどこから来るのかを見破るというなかなか面白い趣向である。
主人公が裁判官なので、それぞれの事案について捜査をしたわけではなく、法廷で提示されることがすべてでありそれだけで物事を判断する、というのが面白い。
実際に起こった事象に加え、弁護人や被告人が主張する動機や事件の概要をその場で判断し罪を決めていく裁判官。
その中で提示された内容だけで、矛盾を突き、隠れた真実を暴く紀伊真実は、人が嘘をついているかどうかを見破ることが出来るのかを、由衣は見破らないといけないのである。
裁判小説は色々あるけど、裁判官がどうやって判断したのかを見抜けという視点が面白い。
事件の内容によっては被疑者にも同情してしまう新人の由衣に対し、紀伊が心動かされることなく淡々と嘘を暴いてしまうのも対比がはっきりしていていい。
その冷静で容赦のない紀伊の判決に反発しながらも、裁判官はどうあるべきかを徐々に感じ由衣が成長していく物語でもある。
果たして紀伊は本当に被告人の噓を見破る能力を持っているのか、由衣は裁判をさせてもらえるのか…
関係ないように見えて繋がっていく事件も面白いので、なかなか楽しめるところの多い一冊でした。
作者さんが裁判所の書記官の経験もあるということで…きちんと内部を知っている人の視点はやっぱりリアリティもあり面白いですね。
リアルな部分と、いい感じに作り物の感じな部分がバランスよくミステリー小説として楽しめます。
こんな本もオススメ
・須藤古都離『ゴリラ裁判の日』
・深木 章子『敗者の告白』
・貴志 祐介『兎は薄氷に駆ける』
証拠と証言だけで罪を決める過程って改めてなかなか興味深い…面白いですね。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?