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読書感想『魔者』小林 由香

お前たちを守るため、人間を喰おう。そうしよう。

週刊誌の記者をしている今井柊志は、今話題の本『ゴールドフィッシュ』を読んで愕然とした。
そこに書かれている、幼い姉と弟の物語はどう考えても自分の過去がモチーフになっているからだ。
既に姉が他界してしまった柊志には、この過去を誰かに語った記憶はなく、どうしてこんな本が存在しているのかが全く分からない。
作者である雨宮世夜は自分のことを一切公表しておらず、柊志との接点の有無さえ推測できない。
柊志には事故死した姉と、未成年で殺人を犯した兄がいた。
『ゴールドフィッシュ』の刊行と同じころから職場に『今井柊志は殺人犯の弟だ』という脅迫電話がかかってくるようになり、柊志は自分を守るため自分たち兄姉弟の過去について調べ始める。


柊志の兄が20年以上前に起こした未成年リンチ殺人事件がすべてのきっかけとなり、現在の柊志にまで影響を与える心苦しい一冊である。
兄の起こした事件は、理不尽で稚拙で、そしていろんな人の人生に傷をつけたのである。
柊志たち兄姉弟は三人とも父親が違い、母親は子供に関心がなく碌に食事も用意しないという、所謂ネグレクトを受けていた。
当時19歳の兄、17歳の姉、そして6歳の柊志は兄が事件を起こしたことで『殺人犯の家族』となってしまうのである。柊志にとって消してしまいたい過去が、事件から20数年も経ってからのしかかってきたのである。
『ゴールドフィッシュ』は誰が、何のために書いたのか…。
それを知るために柊志は自分の過去のこと、そして事故で死んでしまった姉のことについて調査し始めるのだ。
すべてのきっかけになったのは未成年が未成年をリンチして殺した稚拙な事件だ。
田舎で起きたそれは、被害者遺族も加害者家族も同じ生活圏内におり事件を起こした当事者だけではなくその周辺の人々にも多大に影響を与えてしまうのである。
狭い世界の中で、被害者遺族と加害者家族がお互いの立場を認識して同じ生活圏内にいる…想像するだけで地獄である…。
そしてその歪な環境は、彼らを追い詰め、新たな悲劇の呼び水となっていくのである…。
もうなんか…重い…辛い…やるせない…あぁー…しんどい…終始、そんな感情に見舞われる一冊である。
柊志が週刊誌の記者になっているのも皮肉な話で、自分の過去を暴かれたくない柊志が誰かの不都合な事実を暴いていることもストーリーに大きく影響してくる。
殺人が起こした負の連鎖と、誰かの不都合な事実を暴くことの意味を深く考えさせられる一冊だ。
いや、しんどい…。
面白いけどずっとつらい一冊でした。

こんな本もオススメ


・古矢永 塔子『夜しか泳げなかった』

・天祢涼『あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか 』

・逢崎 遊『正しき地図の裏側より』

犯罪って起こした人だけじゃなく、それに近しい人も壊してしまうなぁってむなしくなる。
『夜しか~』は事件ものではないですが、とても状況が似ていたのでつい一緒に読んで欲しくなりました。

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