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読書感想『みずもかえでも』関 かおる

あんたに私の写真を撮られたくない。

落語好きな父に連れられ寄席に通っていた宮本繭生は、落語家の一瞬を切り取るシャッター音に惹かれ『演芸写真家』という仕事に出会う。
自分も演芸を撮りたい…その思いに突き動かされ、真嶋光一に弟子入りを願い出た。
真嶋から言い渡された条件は二つ。
「遅刻をしないこと」そして「演者に許可なく写真を撮らないこと」―――
だが、真嶋のいない舞台袖で繭生は衝動に負けて、落語家・楓家みず帆の高座中にシャッターを切ってしまった。
そのシャッター音にみず帆の落語が一瞬途切れたことを肌で感じた繭生は約束を守れなかった自分の愚かさに打ちひしがれ、そのことを誰にも言えないまま演芸写真家の道を諦めた。
それから四年、ウェディングフォトスタジオのカメラマンになっていた繭生の前に現れたのは、結婚を控えたみず帆だった―――
自らの失敗で目標を喪った繭生の心に再び熱が灯る。


自らの愚かさと、そのことを知られてしまう怖さから逃げ出してしまった繭生と、彼女が思わず撮ってしまった若き女性落語家・楓屋みず帆が再び出会うことで動き出す情熱の物語である。
帯に惹かれて買ってみたんだが、買ってよかった…いやぁ、面白かった…。
カメラマンと落語家、全く違う職業ながら、師匠につき技を磨く…という一点においては共通している彼女たちの葛藤と未熟さと、それでもなお譲れない情熱のほとばしる一冊である。
やりたいことは決まっている、決まっているのにそれを成し遂げるだけの技量が足りず、未熟さゆえに師匠との約束も守れず挫折してしまった繭生。
自分がぶち壊してしまったものに打ちひしがれ逃げ出してしまった彼女の前に現れたのは、約束を破ってでも撮りたい衝動にかられたみず帆なのである。
みず帆はその時の繭生の所業を覚えているどころか、その後、姿を消してしまったことも含めてしっかり認識しており、自分の写真を撮って欲しくないと言い放つ。
自分の過ちからも逃げ出した繭生を信頼できないとはっきり言われてしまい、繭生は改めてあの日の過ちに向き合い、現在の自分を見つめなおすのだ。
自分の過ちを認め、自分の愚かさに向き合い、自分で自分を情けなくなりながらもどうしても譲れない自分の情熱に真っ向から対峙する、そんな一冊だ。
繭生が逃げ出すきっかけになったみず帆はみず帆で、女の噺家ということで葛藤を抱え日々戦っている。
誰に何を言われようと、それがどんなに 遠い目標でも、どうしてもやりたいことが決まっている人たちが足掻いて足掻いて必死につかみに行こうとするのである。
熱くて、歯がゆくて、どうしようもない自負も、同時に自分の未熟さからくる怖さも抱えた繭生たちにぐいぐい引き込まれて一気読みでした。
未熟な繭生たちに加え、彼女たちに厳しくも暖かい師匠たちがまたかっこよく読んでいて非常に小気味いい。
落語の怒号とシャッター音が聞こえてくる、それこそその絵が見える一冊でした。
いやぁ、楽しかった。

こんな本もオススメ


・辻村深月『スロウハイツの神様』

・額賀 澪『夜と跳ぶ』

・綾崎 隼『この銀盤を君と跳ぶ』

自分のやりたいことがはっきりしてる人はかっこいい…

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