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読書感想『いつか月夜』寺地 はるな

父は言った、『善く生きろ』と。


会社員の實成は、父親を亡くしてから得体のしれないモヤモヤに憑りつかれていた。
その感覚を遠ざけるために、夜にただ黙々と散歩をしていた實成は会社の同僚・塩田さんと遭遇する。
塩田さんの横にはルームシューズのまま夜道を歩く中学生の女の子がいた。
塩田さんの娘ではないらしい少女と、塩田さんに近所の不審者情報を聞かされた實成は、一緒に夜の散歩を行うことを提案する。
なんとなく始まった彼らの夜の散歩だったが、徐々にそのメンバーが増えていき…
それぞれに問題を抱えた彼らは、自分たちの譲れないもののために夜歩き続ける。
いつも月夜、ではないけれども…。


人に話したところで理解してもらえないような、それでも無視できないものを抱えた實成を中心に、それぞれに悩みを抱える人たちがなんとなく集まって、ただ夜に歩く…。
そうすることで直接に何かが解決するわけではないのだけれども、歩きながらなんとなく零れ落ちる言葉をお互いが掬い、それぞれの私見をふんわりと語る。
ただそんなことの繰り返しなのだが、出会いが、言葉が、彼らにちょっとずつ作用し、彼らの現状に向き合わせていく、そんな一冊である。
大きな事件が起きるような本ではなく、ただありふれた日常の中でそれぞれが抱える譲れないものをしっかりと見つめなおし、それに対して誠実に生きようとするのである。
うん、なんだかとても心地の良い読書でした。
夜になんとなく集まって一緒に歩く…ただそれだけの薄い関係性の彼らだけれども、むしろその薄くて遠くて、でも日常だからこそ触れ合える部分があり、分かり合えることがある。
誰かが誰かに影響を与えた、というよりも誰かと関わったことにより自分が前に進むための道が見えた、そんな一冊である。
なんとも空気感のいい本だなぁ…こう、読んでてこっちまで方向を見つけられそうな…
なんだか当たり前の日常を大切にしたくなる一冊でした。

こんな本もオススメ


・町田そのこ『夜明けのはざま』


・阿部 暁子『カフネ』


・中島 京子『うらはぐさ風土記』


同じことの繰り返しのような日常、だけど本当はそれが一番尊くてドラマチックなのかもしれない。

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