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読書感想『さくらのまち』三秋 縋

『高砂澄香が自殺しました』

二度と戻らないつもりでいた桜の町に彼を引き戻したのは、一本の電話だった。
「高砂澄香が自殺しました」…たった一言だけのその電話に尾上は動揺した。
高砂澄香…彼女は尾上の青春を彩り、同時に彼を一番傷つけた少女の名前だったからだ。
澄香の死を確かめるべく桜の町に舞い戻った彼は、かつての澄香と瓜二つの妹・霞と出会う。
かつて自分を欺いた少女と瓜二つの霞、そして尾上は霞を欺く役目を与えられる。
霞を欺きながら尾上は澄香の真実を探し始める。


設定は若干近未来、すべての人々が手に付ける端末を与えられそのデーターが解析されて身体的な異常などに事前に対処されるようになっている。
その端末が『自殺』を予測し、それを予防するために『自殺志願者』には内密に寄り添う人が派遣されるというシステムが存在する世界の話である。
派遣された人を、人生の賑やかし要因だという揶揄を込めて「サクラ」と呼ぶ思考回路の地盤があり、それが彼らの精神を疑心暗鬼に追い込んでいくのである。
今、自分の横で笑っている人は自然発生した友人であるのか、それともシステムが選び出し自分を支えるために派遣され友人の振りをしている「サクラ」なのか…その疑心暗鬼が常に付きまとう世界なのだ。
尾上は孤独だった中学時代に突如声をかけてきた澄香と、文化祭をきっかけに仲良くなった鯨井と常に3人で行動していたのだが、あることがきっかけで澄香と鯨井はサクラだったと判断した。
そのことで深く傷ついた尾上はそれ以降誰とも深く付き合わず、いつか澄香に同じ苦しみを味わわせたいと願ってきたのである。
ところがその澄香が自殺してしまい、その真相を確かめに帰った故郷で、彼女のうち二つの妹・霞と出会う。
澄香で果たせなかった願望を、霞で満たそうとしたところ、尾上が霞のサクラに選ばれるのである。
…なんかね、なんとも人と人との結びつきの根底に「サクラ」という存在があることで信頼感が持てない、やるせない世界の話なのである。
隣で笑ってる人が本当に自分と一緒にいたいと思ってくれているのか、それともシステムに派遣されて仕方なく一緒にいてくれているのか…その疑心暗鬼に囚われて何も信じられなくなった尾上が、自殺してしまった澄香の真実を探すのである。
何だろうな、切なくて取り返しがつかないのに、でもなんか救いのある不思議な読後感…。
尾上の思考が割と淡々としていて容赦なく物語は展開していくこともあり、ぐいぐい引き込まれていく感覚がありました。
今目の前にいる人が本当の友人なのか、人生の「サクラ」なのか…いや、人間関係なんてね、程度の差はあれ元々何かしらの損得勘定やら利害関係があって始まるものだから実はそこはきっかけに過ぎないのかもしれないのだが、相手を大切に思っていればいるほどに、信じたければ信じたいほどに「サクラ」だった時のダメージがデカいことが容易に想像できてしまい、感情移入もしやすく…
結局、相手が本当は何を考えているかは、まず自分が本音を全部さらけ出して腹を割って話し合わないとわかりはしないんだよな、ということを痛感させられる一冊でもありました。
なんか、切なくてやるせないのに、読後感はむしろいい…不思議な一冊でした。

こんな本もオススメ


・貫井 徳郎『我が心の底の光』

・天祢 涼『希望が死んだ夜に』

・東野圭吾『白夜行』

人を信じるとか、誰かを想うとか…大切な人がいるからこそ狂うときがあるな、って思わせられる。

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