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読書感想『白紙を歩く』鯨井 あめ

たかが、本。されど、本かもしれない。それでも、本でしかない。

陸上一家に生まれ、当たり前に走ってきた陸上部のエース・定本風香。
膝の故障をきっかけにしばしの休息を余儀なくされた彼女は、どうして自分が走っているのかの理由がないことに気づく。
走ることの理由を求めて、とりあえず「走れメロス」でも読んでみようと思った風香は、図書司書室で小説家を目指す明戸類と出会う。
明戸類は『物語は人を救う』と力説し、定本風香の走る理由がわかるような小説を風香をモデルに自分が書くと言い出す。
その小説が書きあがるまで期間限定の友達になった二人だが…。
読書をする人に憧れはあるが自分は全く読書に興味がない風香と、小説は万能だと信じて縋る類…全く違う二人の少女が、正反対の意見を交わしながら今まで見えなかったものに出会っていく青春小説。


未熟な二人が、全く違うお互いと対話することでじわじわと見えるものが変わっていく、そんな一冊だ。
陸上部のエースでありマイペースにただただ走ってきた定本風香。
走ることが人生の全てだというようなこともなく、大会で勝てば嬉しいがどうしても勝ちたいと思っているわけでもなく、ただただ走れるから今まで走ってきたことに怪我をして休養したことにより気づいた彼女は、自分が再び走り出して、このまま走っていくための芯のようなものを欲しいと感じている。
一方、小説家になることを半ば決めている明戸類は、小説は万能だと信じ、小説を書くことが全てだと言って憚らないが、実はハッピーエンドの小説を書くことが出来ない。
序盤、類は風香に小説の素晴らしさを力説し、風香の走る理由は小説を読めば見つかるはずだと半ば強引に読書をすすめる。
風香は風香で、慣れない読書にチャレンジしながらなんとか類のいううことを理解しようと奮闘するのだが…これが驚くほど共感できないのである。
僕も本を読むのが好きなので、類ほどではないが読めば何か感じられるのでは?と思ってしまうんだが、これがもう風香…全く読書が出来ない。
世の中の読書しない人って…もしかしなくてもみんなこういう事なのか???ってちょっと初めて具体的にわかったかも。
如何せん自分が本が好きで映画も楽しくて、世の中にあふれる作り物の世界どっぷり浸れる人間なので、それができないって感覚が個人的にはよくわからないんですが風香、マジで全然響いてない…。
確かに風香は読解力に欠けており、感性は豊かではないのかもしれないが、それも結局は彼女の根幹の部分が現実と作り物を明確に分けてしまっているだけだということも随所からうかがえる。
風香には作り物の世界は作り物でしかなく、自分の身体を動かして感じることの方が圧倒的に大切で現実だというだけの話なのである。
そんな風に全く相いれない二人は、お互いの考えを理解しようと何度も何度も言葉を交わし、でもやっぱり理解しあえないのである。
お互いにお互いのことを意味が分からないと感じながらも、でもだからこそお互いに自分にはない部分をいいと感じているのである。
二人が過度に親友になっていくわけでもなく、全く別の世界の人種だと感じながらも言葉を交わすことで見えるものを受け入れる様が実にいい。
走る意味を探している風香より、ハッピーエンドを書けない類のほうが実は切実であり、いろんなことが積み重なってなかなか捻くれた人物であることも徐々にわかってくる。
彼女たちよりも多少は物事が見えている大人たちがやんわりと助言をしながら、同じように悩む同級生も加わり緩やかに彼女たちは視野を広げていくのである。
それぞれの価値観の違いをお互いにすり合わせながらも、理解しあえないところは理解しあえないとはっきり認めて、でもそんな部分を尊重する。
その中で、自分の考えを述べ、相手の言葉を聞き、何を選ぶのかを自分で決めるのである。
うおおん…未熟ゆえの青臭さと素直さが眩しい…
そしてその可能性とまだまだ存在する余白が羨ましい一冊でした。
出てきた登場人物みんなを頑張れって応援したくなりました。

こんな本もオススメ


・辻村深月『この夏の星を見る』

・寺地 はるな『いつか月夜』

・柚木 麻子『本屋さんのダイアナ』

出会いや対話が、その瞬間のその時々ではささやかでも自分の根幹に根付くことはあるんだわ。

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