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中国蘇州の古典園林を楽しむ①

文・写真:田中昭三


洞門


 中国の古典園林は、皇家園林、私家園林、寺観園林に大別できる。蘇州の古典園林は多くが私家園林である。
 私家園林では限られた敷地をいくつかの景区に分け、庭に変化をつける。各景区は壁で区切られることが多く、壁には円形の「洞門」が開けられる。この洞門は中国の故事「壺中(こちゅう)の天」を連想させ、洞門を潜るごとにどんな景観が展開するのかとわくわくさせる。


 洞門の技法は亭などの建築に応用することもある。円窓の一種ともいえるが、外の景観を円く切り取ることで視線を集中させる働きがある。

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▲拙政園(せっせいえん)「梧竹幽居」の円窓。4 方向にあり、異なる景観が楽しめる


太湖石の魅力


 太湖石は、中国第三の淡水湖である太湖から切り出された石をいう。現在は採掘禁止である。この奇岩怪石は、唐のころから嗜好者がふえた。詩人白居易(772 〜 846)もそのひとり。彼は『太湖石記』を著し「石有族聚、太湖為甲(石の種類にはいろいろあり、太湖石が最高)」と記した。


 太湖石は「痩・漏・透・皺」の4つの特徴を備えているものを最上とする。即ち痩:形がほっそりして聳え立つ。漏:上下に貫通する孔がある。透:水平方向の孔がある。皺:表面に皺と窪みがある。
 蘇州最大の太湖石は留園の冠雲峰で、高さは 6.5m。4つの特徴を見事に備えている。
 太湖石は「特置山石」といい、単体で用いることが多い。なかには逆三角形のものや、まるで怪獣のような石もある。日本人の感性には少し強烈すぎるが、彫刻のようなオブジェとして見ればこれ程面白い石はない。

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▲網師園(もうしえん)の太湖石。複数の石を積み上げたもので「拼石」といい、上の石は雲を表現する

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▲浪亭(そうろうてい)の太湖石。苑路の傍らにあり巨大な怪獣を連想させる。

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▲留園(りゅうえん)の冠雲峰。北宋末の徽宗(きそう)皇帝が開封に造営した「昆岳(こんがく)」に運ばれる予定だった


太湖石の魅力2


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▲怡園(いえん)の太湖石。真ん中を境に下り龍と上り龍のように見える

 太湖石は、「遠く望めば老いて嵯峨たり、近くに観れば嶔崟を怪しむ」と白居易は漢詩「太湖石」で謳った。「嵯峨」は山が険しいこと、「嶔崟」は山が高く聳えることをいう。
 白居易はまた『太湖石記』で次のように述べる。「厥の状は一に非ず、盤拗秀出すること、霊丘鮮雲の如き者有り。端厳挺立すること、真官神人の如き者有り」(その表情はさまざまで、見事に屈曲陥没し、霊山にかかる鮮やかな雲のようだ。端正で厳かに伸び立つ姿は仙人のようだ)。
 異形に見える太湖石だが、少しでも興味がわき近づいてみると石の表情は実に豊かなのである。


 獅子林の庭の池中から立ち上がる太湖石の群れは、日本庭園ではまず見られない造景である。まるで海に浮かぶ蜃気楼のようだ。
築山に立つ石は何を表現しているのだろうか。一般に蘇州庭園では、石が何を象徴するかには拘らない。
 どこかに何かを表す石はないだろうかと探してみた。留園の五峰仙館の南庭に動物らしい石がある。しかしどんな動物なのか、という説明はどこにもない。
 日本人は擬人化が大好きである。石を何かに見立てる象徴主義の手法は、日本で大いに発展した。

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▲獅子林(ししりん)の太湖石郡。池中から湧き出たような積み方

p71下左


▲留園(りゅうえん)の五峰仙館南庭の太湖石。豚か猪のようだ

p71下右


▲留園の五峰仙館南庭の太湖石。手前が犬、左奥が猪のように見える


水中倒影


庭の景観を水面に浮かべる手法を「水中倒影」、また単に「倒影」という。蘇州の庭ではしばしばこの手法に出会うことがある。留園の太湖石・冠雲峰が池に浮かぶと、石の穴が際立ち全く別の太湖石のように見える。
網師園(もんしえん)は蘇州では中規模の庭園だが、池を囲む建物が水面に浮かび、庭全体が立体的に見え、さらに奥深くなる。
日本では古くから、池に浮かぶ月や灯火を楽しむ遊びがあった。それも倒影の手法といえるが、この手法を積極的に使った庭は少ない。

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▲留園の冠雲峰の水中倒影。太湖石が新鮮に見える

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▲池に映える網師園の大庁などの建築群

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