悩むということ
『悩む』という言葉に引き留められている
青春時代はこの言葉が嫌いで仕方がなく 受験雑誌などに出てくるたびに頁を閉じて逃げていた。今はそれが懐かしい時代になった
あのころは「悩み」が多かった。大雑把に言ってみれば 二十歳代の時代は 未知なものだらけで 前に進むには不安だらけだったということだろう
進学で悩み恋で悩んだ。人間関係でも悩んだ。そのころの僕たちには「人間関係」という難しい言葉は身近ではなかったのだが 自分の頭にある像と実像との食い違いに悶々と解決策を見つけようと悩んだのだろう
実現できない自分の夢が 叶うことなど本当にあるんだろうか、と考えることがあれば 同時に目の前の難関を乗り越えて受験の勝者になろうと闘志を燃やした日々もある
夢を叶えられない奴は根性なしか弱虫か・・というように考えたのだろうか、努力が足りないのだ、自分には甘さがあるのだ、というように自分を責めた時もあった
高校生や大学生はそんなことに悩み暮れているのが青春だったのだ
四十数年も荒波に揉まれた。荒波というと格好がいいが実は一言では表せない凸凹の人生だった
悩むとは一体どういうことだろうか
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受験で火花を散らす時代ではなくなった
早稲田慶應が惹きつける魅力は 今や失せてしまった
優秀な人は間違いなく増加している一方で 優秀を計る尺度には好成績を残せるのに 使い物にならない(教え直さねばならない)高学歴な若者が増えていることも間違いない
甘いというか 緩いという言葉が 浮かんだ
つづく・・かも (書き置き)