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【短編小説】「きさらぎ駅」3番ホーム待合室にて




1

ホームには西陽が差し込んでいた。
だけど、暑くはないのは冬だし、私たちが日が直接入らない待合室にいるからだろう。
待合室の中は少し肌寒かった。

私は結菜と2人っきりで駅のホームの待合室にいた。
さっきまで一緒に下校していたはずなのに。
だけどあまり不思議には思わなかった。何でか分からないけれど、「そういうものか」みたいな感じに思っていた。

ホームには人がほとんどいなかった。みんなひとりぼっちで立っていた。
ホームからは、ショッピングモールのような施設といくつかの家が見えた。喫茶店のようなお店もある。よくある郊外の駅という感じだった。不思議とどこかで見たことがある光景だった。

「里香!!見て!」
結菜が突然反対方向のホームを指差した。
いきなりだったので、びっくりした私は何が起きたのかと慌てて振り向いた。
「あっちのホームにうどん屋がある…!」
そこには確かに"うどん"と書かれた看板を吊り下げたお店があった。
「なんだ…うどん屋さんか…。びっくりさせないでよ!」
私は精一杯抗議した。
しかし結菜は意に返さず、「ねえ、私買ってきてもいいかな?」「お腹すいちゃって」と聞いてきた。止める理由もないのでいいよと言っておいた。
結菜はいつだって自由奔放だ。
「里香は?」
「私はいいや。お腹空いてない。」
それは本当のことだった。
向かい側のホームに繋がる階段を駆け出した結菜の後姿を見送ると、私はまたぼんやり外の風景を眺めていた。

2

「ふぎのひゅうかんズズズやふぁいは〜〜」
「なんて?」
結菜がうどんをすすりながら話しかけてきたので、私にはほとんど聞き取れなかった。
咀嚼を終えて口の中のものを飲み込んだ結菜はふぅと息をつくと再び喋り出した。
「次の中間ヤバいわ〜って言ったの。」
「ああ…たしかに。」
中間テストが1週間後に迫っていた。この時間でテスト範囲の英単語でも覚えたら立派な高校生なのだが、何故かそんな気が起きてこなかった。
「今度優子に物理教えてもらおうかな。結菜は?」
優子は同じクラスの友達で、常に成績上位をキープしている。テスト前には優子の家で勉強会(というより一方的に教えてもらう会)を開いていた。結菜も常連だった。

「私は…もういいや。」
結菜の返事は予想外だった。
「もういいって…どうゆうこと?」
私は尋ねた。
結菜はこっちを見ると、全力の笑顔を見せつけながらこう言った。
「もう諦めるの!!テスト、諦めた!」
何それ、と私は笑ってしまった。
「もういいって、そうゆうこと!?」
「いいのだ、赤点取ったって。私は自由になるのだ。」
そういうと結菜は立ち上がって子どもみたいにくるくる回った。何だかおかしくて笑ってしまった。
電車はまだ来なかった。


3


それからどれくらいの時が過ぎただろう。
私は結菜とずっと待合室でしゃべり続けていた。
私と結菜は中学校の時に出会った。同じクラスになってから、一緒に遊ぶようになり、同じ高校に進学した。

中学生時代の体育大会の思い出、修学旅行の思い出、受験勉強の思い出、合格発表の日の思い出。

高校の入学式の思い出、林間学校の思い出、体育祭の思い出、テスト勉強の思い出、夏休みの思い出、修学旅行の思い出、文化祭の思い出。

色々な思い出をしゃべった。
まるで2人で同じアルバムを、一枚一枚めくりながら確かめ合うみたいに。
真っ白な陽の光がホームを照らしていた。暖かい光に包まれていた。

電車はまだこなかった。


4


何かがおかしい。
私はそう気づいた。

ここにきてから恐らく何時間も経っている。それなのに電車が一向に来ない。時間を確かめようと思ったが、どこにも時計がない。そう言えば、自分のスマホやカバンがどこにもないことに気がついた。なんで気がつかなかったんだろう。

そもそも私はなんでこんなところにいるんだろう。結菜と私は徒歩通学だ。電車に乗ることなんて遊びに行く時くらいしかない。私たちはどこに行こうとしているのだろう。見渡したが、電光掲示板が一切見当たらない。私たちが乗るべき電車はいつか来るのだろうか。

何より1番おかしなところは、全く風景が変わらないことだった。
恐らく、何時間も、ここにいるはず。
それなのに目の前の景色が変わらない。
ホームに差し込む光はずっと同じ場所を照らしている。
太陽の位置が変わらないのだ。まるで時間が止まってしまったみたいに。

そんな場所で、結菜と私はずっと座っている。
最初は何も思わなかったのに、だんだんとその状況のおかしなことに、私は気づいてしまった。

背中に冷たいものが流れた。

「ねぇ!!結菜!!!なんかおかしいよ!!!」
結菜の方を見て、私は固まった。

結菜は泣いていた。
いや、それは泣くと言うよりは、「涙を流していた。」が表現としては正しいのかもしれない。
結菜は真顔だった。まっすぐ正面を見つめている。だけど、涙がぽろぽろと、流れている。
結菜のそんな表情を見るのは初めてだった。

私が結菜に声をかけようとした、その時だった。

ジリリリリリとけたたましい音が鳴り、気がつくと目の前に電車が止まっていた。
あまり見たことがない、真っ赤で古そうな電車だった。
「これに乗れってこと…なのかな…」
結菜の方を見ると、結菜はすでに待合室を出て、電車に向かっていた。
「待ってよ!結菜!」
慌てて結菜を追いかけた。
「結菜、待ってよ!なんかおかしいよ!いったん自分らがどこにいるか確かめないと…」
私の声を聞いて、結菜は振り向いた。
結菜はいつもの結菜のままでーー
そっと微笑んだ。

「里香、今までありがとうね」
「えっ」
思わぬ結菜の一言に、私は言葉が出なかった。
「この電車に乗れるのって、私だけみたい。」
「どういう…こと?」
「だって里香食べなかったしさ」
「食べなかったって…うどん…?」
噛み合っているような噛み合っていないような会話だった。それでも私は必死に結菜を引き留めた。
「ねえ、おかしいって!結菜!乗らないで!ねえ!」
その時、結菜は私の体を突き飛ばした。
思わず私はよろめいた。
その瞬間、結菜は電車に乗り込み、
瞬く間にドアが閉じられた。
まるで、結菜が乗るのを待っていたかのように。
私が乗ることを拒むかのように。

ガラスの扉の向こうで、結菜は何かを言っていた。声は聞こえなかった。
でも、何故か伝わった気がした。
そして電車はギィィと軋みだし、動き出した。

私はただ、茫然とその光景を見ていた。
結菜を乗せた電車はどこかへと走って行った。
その光景を見ているうちに、急に視界がぼんやりとかすみだし、私の意識は途切れたーー


5


ーー。

ーーー。

ーーーー。

ーーここはーーーーー


ぼんやりと視界がひらけてきた。
最初は真っ白な部屋にと思ったが、それが徐々に見慣れぬ部屋の天井であることに気づくのに、そう時間はかからなかった。

視界の隅から白衣を着たおじさんが覗き込んできた。
その後に覗き込んできたのは、お母さん。
泣いている。
(…か!……りか!)
お母さんは泣きながら私の名前を呼び続けていた。私は病院のベッドに寝かされていたのだ。
口元には酸素マスクが付いていた。
ぼんやりとした意識の中で、私は結菜といた駅のことを思い出していた。


その後、私は順調に回復。一月程度で退院できるようになった。
入院中に、私と結菜は、一緒に帰っている時に、居眠り運転の大型トラックに突っ込まれたという話を聞いた。

そして、結菜だけは助からなかったという話を聞いたのは、退院してから、少しだけ後のことだった。




*********************

『きさらぎ駅』とは、2ちゃんねる発祥の都市伝説。およびその話に登場する駅名。
場所は不明。偶然にもその駅に降り立った人物が、オカルト掲示板を通じて「駅の様子」や「怪奇現象に遭遇した」ことを報告している。(報告者はいずれも消息不明。)

*この物語は「きさらぎ駅」をモデルに、独自の解釈の元、執筆しました。

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