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【1話の2】連載中『Magic of Ghost』

※この記事は【1話の1】の続きです。

 明らかになにかを取り違えていた。どうやったらこの状況でそんな解釈ができるのか、俺には謎でしかなかった。俺は大きなため息をついて、肩にかけたままの飾りのスクールバッグを机に下ろした。
 その時、どこからともなく香る甘い香り。1ヶ月前は鼻をついて仕方がなかったが、今ではすっかりお馴染みの香水の香りだ。
「朝から騒がしいねぇ。まったく……」
 目鼻立ちははっきりとしていて、瞳はほんのり桜色。背丈こそ小さいものの、黙っていれば誰もが振り返るであろう完璧な容姿だ。
 大助との揉み合いがあったせいか、普段なら言い留めるはずの一言が、今日はついに口をついて出てしまった。
「ん? あぁなんだ、暴力女かよ」
 俺は自分を呪った。
 慌てて口を押さえ、守りの体勢に入ったが遅かったようだ。瞬きよりも速い彼女の白い右手が、軽やかに、そして鋭い音を立てて俺の左頬を打った。
 あまりの痛さでしゃがみ込む瞬間、目に入ったのは、サラサラで黄金色の腰まである髪の毛。それが大きく揺れている姿だった。
 大助は割れてしまった生卵を見るかのような、哀れみの視線をこちらに向けている。
「だれが暴力女よ! 私にはクレア・ローレンスっていう歴とした名前があるんだから! クレアちゃんって呼んでよねっ!」
 可愛い顔をして、明らかに暴力的過ぎる。これだから男が近寄らないんだと、俺は心の中で皮肉を吐いた。
 彼女は、見た目や名前の通り海外から来た女性。日本へ来たのは今回が初めてで、なんと来日して二ヶ月しか経っていないという。この春から転校生としてやってきたわけだが、あれから約一ヶ月弱、それにしては違和感のないなめらかな日本語を話している。彼女は言わば天才。美しい容姿にずば抜けた運動神経、礼儀正しく成績優秀。なにをさせてもすべてを完璧にこなしてしまう。唯一の欠点と言えば暴力的なところ。「きっと護身術でも身につけているんだろう」なんて噂が広まったりもしたが、実際そうであったとしても、護身と暴力は似て非なるものだと思う。
 俺はまだヒリヒリと熱の引かない左頬を手で覆った。
「いてぇ……。『呼んでよね』って……誰に言ってんだよお前」
 知ったこっちゃないというような不機嫌な横顔を見せ、彼女はお馴染みの甘い香りを残し、自分の席へ戻っていった。
 嫌いにはなれない香りが憎たらしい。世の中は迷惑なマジックだらけだ。

 黒板の上では、アナログ時計の長針が楽しいひと時の終了をひっそりと告げていた。少し遅れて学校内にチャイムの音が響く。
 それと同時に、シワ入りの汚らしいスーツを着た担任が入ってきた。
 40代前半くらいだろうか、チャイムが鳴り終わるより早く、彼は教壇に名簿を置いた。
「おい席に着けお前ら。出席を取るぞ」
 酒焼けにもとれる少ししゃがれた声の男が、目の前に表記された名前を読み上げていく。
 四角い黒ぶち眼鏡から覗く目は、睨むように名簿と、それに返事をする生徒を交互に見ていた。
 大助があくび混じりで返事をすると、教師の威張った顔が一層険しくなり、汚らしい言葉へと変わった。
「矢部。矢部! また欠席か。クズ揃いだなまったく……」
 名簿になにやら書き込む素振りを見せながら、舌打ちを繰り返す担任にクラス中の視線が集中している。
 自分勝手な行動、「自らの行いが周囲にどういう影響を与えるか」ということを考えない人間は正直言って胸糞が悪い。
 気がつけば、俺はこの居心地が悪い沈黙を破っていた。担任の怒りに対し、俺は濁った眼光を一直線に向けられながら、言葉を吐き捨てようとした。
「あのさぁ、そこまで言うこと……」
 その時、俺の左斜め前に座っていたクレアが、サラサラとした黄金色の髪の毛を再び揺らした。明らかに先ほどまでとは違う目つきで、教師を睨みつけている。
「……くっ」
 怒りが治まらない様子の血走った男の目は、クレアからもう一度俺の方へ向けられたかと思うと、再び目の前の名簿へと戻した。
 席に着いたクレアはこちらを向き、桜色の瞳で俺に微笑んだ。
 俺はとっさに窓の外へと視線を逸らしたことで、吸い込まれるような桜色の瞳と目を合わさずに済んだ。
 そして、雲ひとつない真っ青な空を見上げていた時、不運の第一歩ともいえることが起こった。
「ちょっ、なんだよあれ!? 先生トイレ!」
「ん? おい待て! まだ出席の途中だぞ。おい桐谷!」
 担任の叫びを耳にしながら、俺は勢い良く教室を飛び出した。背中にクレアの不思議そうな視線を感じたが振り返る暇はない。すり減った上履きで、これでもかというほど床を蹴って走った。
「(頼む! 間に合ってくれ!)」

【1話の3】へつづく……

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