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【1話の3】連載中『Magic of Ghost』

※この記事は【1話の2】の続きです。

 まだホームルームの終わらない教室が並ぶ廊下を、地響きのような足音とともに通り過ぎる。俺は見間違いだと願いながら、屋上へ続く階段を三段飛ばしで駆け上った。

 外と校内を隔てる鉄の扉に全体重をかけ開け放った。屋上を吹き抜けた春の風が、俺の乱れた髪の毛を逆撫でし、上がった体温を一瞬だけ冷やしてくれた。
 風は瞬く間に通り過ぎた。それと同時に、止まることを知らない汗が、四月の陽気を俺のまわりだけ少し湿らせた。
 俺は必死で息を整えながら、教室から見た女性の姿が、今目の前にあることに安堵した。
「っはぁ、はぁ……げほっ。ごほ! ……ま、間に合った」
 大きく息を吸い、呼吸を落ち着かせて女性に話しかけた。
「ふう…………。おい! そこでなにしてんだ!」
「(…………放っておいて)」
 細い体に透けるような白い肌は、彼女が着ている白いワンピースと同化しているように見えた。
 彼女は白いフェンス越しに黒髪をサラサラと揺らし、寂しげなその瞳は、屋上から遥か下のコンクリートを見つめている。
 包み込むような暖かな日差しの中、その儚げな目に光が宿ることはなく、「既にこの世の人間ではない」ということはわかっていた。
 その声は耳ではなく直接俺の脳へと響いてくる。
「放っておいてって、そんなの無理に決まってんだろ!」
 どうやら『地縛霊』のようだ。
「お、おい! なんとか言え!」
「(私もう、死んでるの……)」
「……はぁ。あのな、そんなのわかってんだよ。だから助けに来たんだろうが」
 悲しみに溢れた瞳が、薄ら涙を浮かべながら俺を見つめている。
「(……助ける?)」
「ああ、何度も何度も同じ場所で同じように飛び降りたって成仏なんかできねぇぞ」
 わかっているとでも言うかのように、彼女は首を横に振った。
「(……でも、でもこうすることしかもう私にはできないの!)」
 そう言って泣を流した彼女は、丸められた紙くずのように、小さな体を抱え込みしゃがんだ。
 理由を聞こうとしたが、とても話してくれそうにないと思った俺は、彼女の元へ行くためフェンスを飛び越えた。
 小さくうずくまって震えている頭にそっと手を置き、彼女の高さに合わせてその場にしゃがんだ。
 彼女の荒い呼吸が徐々に落ち着きを取り戻し、まだ乾かない瞳が不思議そうに俺を見つめている。
「……なるほどな。親が厳しくて、行きたくもない大学に行かせようとして勉強を強要させられてたのか。そんで大好きだった彼氏にもフラれてここから飛び降りたってわけか」
「(……そう。だからなにも考えられなくなるまで飛び降りてるの……)」
 自由を奪われた辛さ、自分はなんのために生まれてきたのだろう。孤独、寂しさ、怒り、悲しみ、すべての感情が、行き場のない彼女の心を真っ黒に染め上げている。
「だからぁ、何回飛び降りたって変わらないっつーの!」
「(……でも!)」
 そう言って再び立ち上がった彼女の、奈落の底を見据えた瞳を俺は見逃さなかった。
 こんな辛いことはもう繰り返させない。
 彼女が宙へ足を踏み出すことを制すべく俺は叫んだ。
「俺に任せろ! 俺が君を成仏させてやる!」
 一瞬でも隙を見せたら間違いなく飛び降りるだろう。緊迫した空気が二人を包み込んでいる。
数秒か十数秒か、驚きと微かな期待を込めた彼女の横顔がこちらへ向いた。
「(そんなこと、あなたにできるの……?)」
「……質問に質問で返すぞ。じゃあなんで俺は君が見えてんだ?」
「(…………)」
 彼女はその言葉になにも返答を返すことなく、ゆっくりとうつむいた。
「な? 俺に任せろ。ただ、成仏するには本人が心から成仏したいと思わなきゃ駄目だ。そこは大丈夫か?」
「(……)」
 無言でうなずくその返事に偽りはなかった。
 春の慌てた風が、彼女の涙を拭うためか、再び屋上を吹き抜けている。
 彼女の髪の毛が一瞬乱れたが、なにごともなかったかのようにサラリと元に戻った。それと同時に、先ほどまで流していた涙も消え、若干だが俺の言葉に希望さえ持っているかのような瞳をしている。
 その瞳はしゃがんだままの俺をしっかりと捉えていた。
「よし、まず俺のやり方はちょっと変わってるんだ。このカード、まぁ俗に言うトランプってやつだ。これを使って天に導くわけだけど、絶対に成仏できるとは限らない」
 俺はトランプの入った紙製の箱を取り出して彼女に見せた。
「(さっきと言っていることが……)」
 彼女の不安そうな感情が言葉となって表れていたが、俺はそのまま話を続けた。
「トランプはジョーカー2枚を合わせると54枚のカードになる。まず、その54枚の中で君の好きなマークと数字を言ってもらう。そして、見事そのカードを引くことができれば成仏ができる。だけど、もし君が発言したカード以外を引いてしまった場合、その瞬間地獄に落ちることになる」
 彼女は俺の説明を聞きながら、だんだんとうつむいていく。しかし、説明をしないと先へ進めないため、「辛抱してくれ」という感情を込め説明を続けた。
「地獄っていうのは『八大地獄(はちだいじごく)』って言って、「等活地獄(とうかつじごく)」「黒縄地獄(こくじょうじごく)」「衆合地獄(しゅごうじごく)」「叫喚地獄(きょうかんじごく)」「大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)」「焦熱地獄(しょうねつじごく)」「大焦熱地獄(だいしょうねつじごく)」「阿鼻地獄(あびじごく)」の8つの層からなってるって言われていて、もしもジョーカーを引いてしまった場合、地獄の一番深い場所、阿鼻地獄へ落ちることになる。当然そこには今とは比にならないほどの恐怖、苦痛がある」
「(…………)」
 俺の言葉を聞いて、立ち竦んだままの彼女は、絶望と希望の狭間で困惑した表情を浮かべている。
 そして、彼女はゆっくりと俺のとなりに座った。
「つまり成仏できる確立は54分の1。怖いだろうけど、君はどんな理由であれ、何度も自殺を繰り返している。今でも両親がどれだけ自分たちのことを責め続けているかも知らずにな」
「(そんなことない! あんな親……)」

 再び強い風が吹き抜け、先ほどまで快晴だった空にどこからともなく雲が流れてきた。

【1話の4】へつづく……

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