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【2話の1】連載中『Magic of Ghost』

※この記事は【1話の5】の続きです。

第2話 ~疑い~

 俺たちは昼までの授業をすべて終え、昼休みを迎えた。

「おい優鬼ぃ! 昼飯一緒に食おうぜーっ!」
 遠くから机と椅子の隙間を縫って大助が俺に近づいてきた。
「おう!」
 俺は大助に軽く返事をした。
 混み合う購買でいつものように『焼きそばパンとコーヒー牛乳』を買う。その日の気分でいちご牛乳になることもあった。
 晴れていれば屋上のフェンス前に座って、大助とマジックの話などで盛り上がる。どこにでもある普通の昼休みだ。
 俺たちもどこにでもいる普通の高校生で、平凡な休み時間を過ごしていた。しかし、今日の昼休みは普段とは少し違っていた。
「んーっ……風が気持ちいいねぇっ!」
 両手を空にかかげ、どこかの山頂に着いたかのように、大きく背伸びをするクレアがいた。
 まるで昔から一緒にいたかのように堂々とこの場に馴染んでいる。
「おい……なんでお前がいるんだよ」
「別にいいでしょ? 屋上はみんなのものよ!」
 そう言って俺に背を向けると、お得意の香りがあたりに広がった。
「勝手にしろ」
「なに? 怒ってるの? あっわかった! さっきあたしがぶっちゃったことに怒ってるんだ!」
 わざとらしく口に手を当てておどけて見せるのは、俺の性格を知った上での行動だろうか。そうだとしたらなおさら勘に触るというものだ。
「は? そんなんじゃねぇよ。つーか『ぶっちゃった』っていうレベルじゃねぇぞあの強さは!」
 俺はとっくに痛みの引いていた左頬を、嫌味混じりで押えた。
「そうかなぁ。そんな強くぶったつもりはないんだけどなぁ。優鬼が弱いんじゃない?」
「んだとこのっ!」
 正直この女の正体は不明だ。
 一ヶ月前にうちの学校に来たかと思えば、異常に馴れ馴れしくしてくる。
 俺はクレアに対してのいら立ちを焼きそばパンに向け、思いきり頬張った。
 その時、大助が焼きそばを頬につけながら口を開いた。 
「いやぁ、屋上で食べる焼きそばパンはやっぱり最高だなぁ! ところでさ、お前が左耳にしてる十字架のピアス格好良いよな! あとなんかの牙を一本へし折ったようなネックレスとかさ、それどこで買った? いいなぁ。くれよ!」
 割って入るように、俺とクレアの視界を遮り身を乗り出してきた。
「やらねぇけどな。ピアスは買ったやつだけど、ネックレスは小さい頃もらったんだ。覚えてねぇけど。ピアスだって結構前だから買った場所なんて覚えてねぇよ。いいだろこれ」
 俺は大助の物乞いに即答で拒絶し、物欲しそうに見つめている大助にネックレスとピアスを見せびらかした。
「あぁケチって嫌だなホントに! お前バイトしてんだからそれくらいいいじゃんかよ。まぁいいや。じゃあさ、お前がこの前やってくれた『指を鳴らして選んだカードが上に上がってくるマジック』あっただろ? あれは俺も練習すればできるか?」
 次から次へと俺に質問を投げかけてくる。マシンガンのように色々なことを質問されても、答える側からしたら困る。
「あぁ、すぐにできるようになるよ。あれはマジックの基本だからできるようになっておいて損はないぞ!」
「そうか! じゃあ練習するよ! ところでさ、前から思ってたんだけど、お前の『悟り』だっけ? 人の心を読む力さ、それっていつ頃からできるようになったんだ?」
「んー……わかんねぇ。気づいたら……かな」
 いつからだったか、ものごころついた時には既に人の心が読めるようになっていた。俺との会話はもちろん、周囲の会話でさえ相手の『嘘』や『真意』が手に取るようにわかる。
 今でこそ自制をかけ、自ら読まないようにすることはできるが、それでもふとした時に頭に入ってくることがある。
 小学生高学年の時が一番辛かった。自分の力というものをまだはっきりとはわかっていない時期に、頭に雪崩のように相手の嘘や真意が入ってくる。
 思わず『なんでそんな嘘つくの?』『おじさん本当のこと言いなよ』など、純粋さゆえに大人同士の会話にまで割って入ってしまうこともあった。
 それから俺はずっと『化け物』呼ばわりされ、まわりから白い目で見られ続けていた。
 当然大助はそんな過去までは知るはずもないので、なにも考えずその場所まで土足で入ってくる。
「へぇ。それも練習すればできるようになるかな」
「できるわけねぇだろ! マジックじゃねぇんだぞ。そもそも練習ってなんだよ!」
 普通の人間なら俺を馬鹿呼ばわりでもするだろうが、大助に関してはその逆だった。むしろ興味深々で能力のことを尋ねてくる。しかし、俺だって望んで手に入れた能力ではないのだ。大助はそこをわかっていない。
 俺は安易な気持ちでプライベートゾーンにまで入ってきたことに少しだけいら立ちを覚えた。
「なんだよつまんねぇの! じゃあさじゃあさ、お前いっつも心が読めてんだろ? 疲れないのか?」
「……別にいつもわかってるわけじゃねぇんだよ。ふとした時に頭の中に入ってくるんだ。つーかそれ知ってるのお前だけなんだからな。他のやつには絶対に言うなよ!」
 その時、笑顔で頷く大助の心の声が聞こえてきた。
「(俺って特別じゃん! 信用されてんなぁ)」
「別に信用してるわけじゃねぇけどな」
「…………!? 変態」
 この時もいつものようにこいつの頭を殴った。もうお決まりの流れになりつつある、こんな毎日が当たり前のように繰り返されている。
 俺はただ平和に過ごしたいだけだった。
「へぇ、優鬼ってそんな力持ってるんだぁ! 意外ぃ!」
 クレアが驚いた表情で話に割って入ってきた。俺はこいつがいたことをすっかり忘れて大助と話をしていた。
「はぁ……お前が余計なこと言うから聞かれたんだぞ。 責任取って明日から一週間焼きそばパン奢りな」
 クレアの存在をすっかり意識せずにいた自分へのいら立ちの矛先は、大助へと向かい、そしてクレアに対して溶け込み過ぎだろと、俺は心の中で軽く突っ込みを入れていた。
「ちょっと待てよ! お前だって普通に答えてたじゃねぇかよ!」
「駄目だ決定!」
 相当焦っているのは大助の表情を見ればわかるが、悟りの能力により、大助の心境が手に取るように伝わってきた。
「ちぇ……。小遣い少ないのにさ」
 大助の心の中が、焦りから一気に小遣いがなくなるという悲しさへと変わっていった。
 しばらく放置していようと思ったが、大助の純粋さには敵わない。俺は冗談だということをすぐに白状した。
「はは、嘘だよ」
「嘘かよっ!! あーあ。俺も心読みてぇなぁ」
「クレアも心読みたぁい!」
 なんとも華やかで甘い香りが、一瞬風に乗って俺の鼻をかすめた。
「無理やり入ってくんなよお前は!」
 こんな日常的なやりとりをしていると、いつもあっという間に時計の長針は一周し、休み時間が過ぎていく。
 クレアが右腕にしているハート型の時計に目を向けた。ピンクゴールドの小さな時計。ベルトまでもがハートの形を模していた。昼休みが終わるというクレアの一声で、俺たちは腰を上げ吹きさらしのグレーの地面を後にした。
 屋上の錆びついた鉄の扉を開けると、校内の空気は少しひんやりとしていて、目が眩んだように目の前の階段を一瞬だけ隠した。
 深い緑色の冷たい階段を降りていく。そして、ここでもうひとつお決まりの流れがあった。校内に入るや否や、大助がトイレと叫び階段を駆け下りていく。これが俺たちの昼休みの一連の流れだった。
「(相変わらずだなあいつ)」
 見えなくなった大助の背中を追って、ふとそんなことを思った。ぼんやりと階段を降りながら、見慣れた壁の落書き、階段の隅に溜まった埃、剥がれかけの緑の床を眺めていた。
 この学校の階段や廊下がすべて緑なのは、「人の気持ちを落ち着かせる効果がある」ということで取り入れられた設計らしい。俺はこの床を踏んで3年目だが、正直未だに悪趣味だと思う。そんなことを考えながら階段を下りていたその時だった。
「優鬼っ!」

【2話の2】へつづく……

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