【1話の4】連載中『Magic of Ghost』
※この記事は【1話の3】の続きです。
「俺にはわかる。君を通じて、その時から今までの両親の感情すべてがな……。君が生前にしてきた行いが正しければ、その『自殺』という罪を帳消しにして、成仏への道が開かれるかもしれない。だけど、それは俺が決めることじゃない。それだけ成仏するってことは大変なことなんだよ。……成仏したいか?」
俺の問いに力強く頷いて見せた彼女には、先ほどまでの不安な表情はなくなっていた。
まっすぐな彼女の目には、俺の黒い瞳がしっかりと映り込んでいる。
「よし。始めるか」
箱からトランプを取り出し、膝を抱えるようにして座る彼女の前で構えた。
キラキラと日光を反射する彼女の黒髪に、片方の手を置きながら俺はゆっくりとまぶたを閉じる。
全身を巡る血は燃えるように熱くなり、意識をトランプに集中させて経文を唱えた。
ものごころがついた時には、何故だが俺自身の中に経文は存在していた。
「観世音南無蓮華法(かんぜおんなむれんげほう) 白華琉天大地天昇(びゃっかるてんだいちてんしょう) 高明低闇浄霊浄魂(こうめいていあんじょうれいじょうこん)……」
トランプは熱を帯びながら白く輝き、その光は徐々に大きさを増していく。
たちまち激しい閃光が俺たち二人を包み込んだ。目を開けると、彼女の瞳に映っていたのは、蒼い目をした人物。
「(……蒼い……目? ……透き通っていてキレイ……)」
「……変な体質だろ? 経文を唱えると一時的に目が蒼くなっちまうんだ。まぁ気にすんな。そんなことより、君の好きなマークと数字はなんだ?」
彼女は瞬きすら忘れているかのように、俺の目を直視したまま答えた。
「(……クラブの2)」
熱を帯びたままのトランプをシャッフルし、扇状に広げて彼女の前に伏せた。
「どれにする?」
小枝のようにすっと伸びた細い指が、伏せられた54枚のカードからゆっくりと真ん中あたりの1枚を指差した。
今ならまだ変えることができると、俺は覗き込むように首を傾け『最期』の確認をした。
あたりを静寂が包み込み、若葉の芽吹き始めた桜の木だけがそよそよと風に揺れている。
空は再び雲ひとつない真っ青なキャンパスになっていた。
小さく首を横に振った彼女が、指差しているカードの端を震える手でそっと掴む。
俺は頷いて、彼女が掴んでいない残りのトランプの束をゆっくりと引き抜いた。
俺が彼女にピントを合わせた時、彼女は一度だけ大きく深呼吸をし、伏せたまま持っていたカードを自分の胸まで引き寄せていった。
大丈夫かという俺の問いに黙って頷き、俺の目を再び見つめた。
「よし、見てみな」
そう言って俺は残りのトランプをまとめて握り、彼女の手元を見守った。
「(…………うぅ。ク……クラブの2だぁ……)」
そのカードを見た途端大粒の涙を溢し、少しずつ、まるでダイアモンドダストのようにキラキラと輝き姿を消した。
「そう言えば名前聞いてなかったな。俺は桐谷優鬼だ」
「(……葵(あおい)だよ。ありがとう桐谷優鬼……本当に……ありがとう……)」
天の国へと向かう彼女の声が、俺の頭から遠ざかっていった。
「おやすみ……」
まるで最初からこの場所には誰もいなかったかのように、俺一人がそこに立っていた。
「……ふぅ。浄霊完了っと。マジックで全部クラブの2にしたなんて言えねぇな」
俺の手に握られているのは、すべてクラブの2に変わった54枚のトランプだった。自称マジシャンからすれば、すべてのカードを統一させるのは朝飯前なのだ。
彼女がクラブの2と発言する前、俺は彼女の心を読んでいた。その数秒の時間は、さまざまな手法を使ってすり替えるには十分過ぎる時間だった。
しかし、浄霊は久々にやるとさすがに体に堪えるようだ。
俺は再び白いフェンスを越え、屋上の淵を離れて空を見上げた。
そして体から一気に力が抜けるのを感じ、俺の目から青々とした色が抜けていくのがわかった。
俺にはまだやることが残されていた。
何度か俺たちの湿った空気を拭ってくれたあの春の風。どうやら余計なものをひとつ置いていったようだ。俺の後方、屋上出入り口の扉の影にそれはいた。
「そこにいるやつ出てこいよ。……こないならこっちから行くけど?」
俺は先ほどから決めていた第二段階の動きへと移った。
【1話の5】へつづく……
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