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【1話の5】連載中『Magic of ghost』

※この記事は【1話の4】の続きです。

「(……よくわったな)」
 かすれきった聞き心地の悪い声は、まるで気づかれるのを待っていたかのように直接俺の脳へと話しかけてきた。
「そんな悪霊の臭いプンプンさせてたら気づかない方がおかしいし、生憎心の声が後ろからずっと聞こえてたんでね」
 すると扉の影から殺気にも似た邪悪な念が流れ出てきた。
「(よくもあの女を成仏させやがったな。……何者だてめぇ)」
 ドロドロと古い油のようなねばついた霊圧を放ちながら、そいつは姿を見せた。
 短く刈り込まれた金髪に、タンクトップに着られるほどやせ細った体、肉を削るように耳中に開けられた無数のピアスホールには、シルバーのリングがいくつも通されていた。細くやせこけた体に、一層負荷をかけているように見える。
 20代前半だろうか、汚らしい上にまったく礼儀知らずの男だ。
「人に名を尋ねる時は自分から名乗るのが筋じゃねぇのかよ。……で、どちら様で?」
 俺は両手をわざとらしく、そしてだるそうにズボンに突っ込んだ。
「(ふざけやがって糞が。俺はあの女の彼氏だったんだよ!! あいつに飽きたから捨ててやったのよ!! そのあと……そのあと別の女に会いに行く途中で車に轢かれてこのザマよぉおっ!!)」
 男は唾を吐き捨て、もうこの世の生き物ではないその体を、狂ったように殴りつけている。
 当然痛みなど感じるはずもない。
「そりゃあ大変だったな。一緒に泣いてやろうか?」
 俺は冷めた視線で同情の意をあらわした。
「(て、てめぇ俺をなめてんのか? あいつとさえ出会わなければ……あいつさえ俺の前に現れなければ、まだまだ生きて色んな女と遊びにまくれたのによぉおおお!! ……てめぇのせいだ。あいつの苦しむ姿も見られなくなって、唯一の……俺の唯一の楽しみも消してくれたてめぇのなぁぁぁあ!!)」
 男が狂気に満ちたままこちらに走り出し、細い腕を振りかざして殴りかかってきた。
「(……20秒ってところか)」
 ポケットからトランプを取り出し、右手でトランプの束ごとしならせた。指の力を緩めた瞬間、1枚1枚が激しく抵抗し合い、下で構えるもう片方の手のひらに鋭い音を立て、1枚ずつ高速で移動していく。俺は右手に残した最後の1枚を見つめた。
「……今回のクラブの2は今までで一番気分の悪いカードだな……」
 残った左手の束をポケットに押し込み、全神経を右手のカードに集中させながら、俺はまぶたを閉じた。
「観世音南無蓮華法 白華琉天大地天昇 高明低闇浄霊清魂……」
「(死ねぇぇええぇええええっ!!)」
 男は俺を目がけて、熱を帯びたクラブの2が放つ凄まじい閃光の中へ飛び込んできた。
 ドブのような眼球は狂気の沙汰と化しながら、透き通った俺の蒼眼と目を合わせた。
 男は拳を振りきったが、俺の姿は既にそこにはない。
「(12……13……14……。あと6秒。丁度いいな)」
 俺は宙を舞っていた。
 そして、このドブ鼠のような男の頭上を飛び越え、視界には貧弱な後頭部が映っているのを確認した。
 俺は両手に霊力を集中させた。手には青白い粒子が吸い寄せられ、神より授けられた精白の弓矢が形成されていく。
 青白い粒子と一体になった春の風が、二本の矢となり眼下のドブ鼠に向けられた。
「火の星座! 型 射手座! 『ケイローンの弓矢(アロー・オブ・ケイローン)』」
 その言葉とともに放たれた矢は、自らの速さで起きた轟音の中標的に向かっていき、邪念に満ちた頭、体を一瞬で貫く。
 その瞬間、男の体は先ほどのダイアモンドダストとは正反対の、どす黒い霧となって消えていった。
 そして俺の頭の中に、消えていった男の声だけが響いた。
「(じ、浄霊するだけの能力じゃなかったのか……。『化け物』……め)」
 矢は男を滅した際に消え、左手には精白の弓だけが残り、そして役目を終えた弓は徐々にその色味をなくしていき、風とともに消えていった。
「……化け物……か。フン。浄霊するだけの能力だなんて一言も言ってねぇよ。地獄で反省してこい」
 屋上からグラウンドを見渡すと、煙たい土埃が舞っていた。
「20秒。俺がお前に費やした時間だ」
 陸上競技を行う生徒たちが一斉に顔を覆う。
 俺は手に握ったままのカードを箱に戻し、代わりに1枚のジョーカーを引き抜いた。屋上に残る懺念(ざんねん)をこいつに封印しなければならない。
「(懺念は悪霊を呼び寄せるって昔誰かが言っていたからな)」
 俺はジョーカーを空にかざし、あたりに舞っている禍々しい黒煙を、ジョーカーに吸収した。
 そして俺はいつものように、ジョーカーを箱に戻し、そのままズボンに突っ込んだ。
「さて戻るか。あんまり時間がかかると、担任に怒られるからな」
 履き慣らした上履き、見慣れた廊下を走り抜ける。授業中の教室をいくつか横目に、俺は自分のクラスへと戻った。
 すり減ったゴム底が急ぎ足でぱたぱたと音を鳴らしている。
 
 これは後から聞いた話だが、俺が教室に戻っている時、大助が窓から屋上の俺を見ていたらしい。当然俺の姿しか見えるはずがない。そのせいか、大助が「優鬼がボケた! 優鬼がボケた!」と騒いでいたようだ。

 俺は慌てたように教室の扉を開けた。 
「も、戻りましたぁあ!」
 恥じらいを隠すように足早に席に向かうと、大助がこちらを振り返った。
「お、戻ってきたか! トイレに行くって言ってたのに、なんで屋上なんかに……」
 その時、大助の横の席に座っているクレアが大助の口を片手で制した。
 俺は聞き返そうとしたが、なんでもないとクレアが笑顔を見せたので、敢えてなにも言わなかった。
 すると案の定担任が俺の予想通りの言葉を吐いた。
「遅かったな。そんなに外にいたいなら廊下に立っていろ」
「……(ほらな)」
 廊下に向かおうとした時、後方からのクレアの一言で、俺は立ち止まった。
「優鬼すごいねぇ」
 ボソッと言われたからか、聞き取ることができなかった。
「は? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもなぁい」

【2話の1】へつづく……

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