コネクテッド・インク2024レポート #0「創造的混沌」の深淵と対峙し続ける実験的空間
「コネクテッド・インク」は、アート、人間表現、学び、そして、それらを支えるテクノロジーの新しい方向性を模索するワコム主催のアニュアルイベントです。
創造的混沌(クリエイティブ・カオス)という言葉に象徴されるように、繰り広げられるコンテンツは実に多彩で、わずか2日間という開催期間だけではその全貌を掴むのは難しい。それが正直なところだと思います。
これからしばらくの間、2024年11月に実施したコネクテッド・インク2024東京をいろいろな角度から振り返りつつ、コネクテッド・インクの中身や、このイベントを通じてワコムが目指したい世界について、noteに連載していきたいと思います。
初回である今回は、改めてこのイベントが立ち上がった背景、ワコムにとっての意味、そして未来の姿までを整理してみます。
創作の秋、再び
朝晩の肌寒さが感じられるようになる11月。新宿副都心の街路樹の葉もはっきりと色づく季節を迎えると、毎年の恒例となったコネクテッド・インクの開催が近づいてきたことを予感させます。
遡ること2016年、この名を冠したイベントは米・ラスベガスで産声を上げました。
わずか数十人の参加者に見守られるなかで静かに第一歩を踏み出したこの取り組みは、以来、回を重ねるごとに取り扱うテーマを拡大し、現在ではクリエイティビティの可能性を心の底から信じるクリエイターたちの熱気に満ち溢れた唯一無二の実験的空間へと大きく進化を遂げてきました。
9回目となる「コネクテッド・インク2024東京」では多岐にわたるステージセッションやワークショップ、ブース展示などが展開され、2日間で1,500名以上にご来場いただきました。
創作の秋を彩るイベントとして大成功のうちにフィナーレを迎えることができたと言っていいと思います。今のコネクテッド・インクは、と言えるほどに、その存在感を高めてきました。
創造的混沌、そして問いを共有する意味
改めてこのイベントを端的に説明するなら、ワコムが主催する文化・テクノロジー・コミュニティイベントと言えると思います。
デジタルペンとデジタルインクによる最高のペン&インク体験を追い求め、ひたすら技術を磨きながらひとり歩み続ける道具屋・ワコムが、アート、テクノロジー、学びといったさまざまな分野の有志たちと出会い、共に歩む糸口を探る文化装置。それが、年に一度開催されるコネクテッド・インクという舞台です。
ここには、有名、無名を問わず、人間として何かを表現したい想いを持った人々が集まっています。描く・書くすべての人たちを一生通じて支える(Life-long ink)という使命を持つワコムにとって、タブレットやデジタルペンといったデジタルツールを提供するだけでは、必ずしもその情熱を満たしきれません。
おもちゃ箱をひっくり返したかのようにも見える創造的混沌(クリエイティブ・カオス)に覆われたコネクテッド・インクの場も、「ワコムはペンとインクを通じてだけではなく、ありとあらゆる人間活動を支えることを目指している」と知れば、すべてが一本の線でつながるのではないでしょうか。
「人間による創作」という観点で言えば、ペンとインクによるアートも、ダンス、音楽、身体芸術といった人間表現も、等しく尊重されるべき創作活動ですよね。
2020年以来、コネクテッド・インクでは、一貫して創造的混沌をテーマに掲げながら、その年ごとに新たな「問い」を立ててきました。この問いを立てるという点が、このイベントの大きな特徴のひとつです。
立場や信条に関わらず広く共有できる問いを立て、その問いを巡って議論やアイデアを重ね、創造的混沌の真髄に迫るような新たな問いにたどり着く。決まりきった「答え」だけでは未来を見通せない時代にあって、問いを共有するという姿勢が、多様な価値観を持つ人々の想いを束ねることができる最善の方法だと信じているワコム。
だからこそ、コネクテッド・インクでもこの構えで臨んでいるのです。
これまでに立ててきた問いを振り返ってみます。
いずれも、その場ですぐに答えを出せるようなものではない、常に心の片隅に留めておくような問いだと思います。即答できるような安易な問いであっては、誰からも興味を持たれないことを見越した上での設定でもあります。
投げかけられた問いを参加する人たちが取り込み、向き合い、悩み、模索し、反芻し、翌年のコネクテッド・インクまでに自分なりの答えらしきものを導き出す。そうした提出期限の長い宿題のような問いを立てることが、結果としてこのイベントへの繋がりを高めることにつながっているとも考えられます。
もしかしたらコネクテッド・インクは、この一年で自分自身が繰り広げた思索と試行錯誤を振り返る定点観測地点としての意味合いも持つようになってきているのかもしれません。
コネクテッド・インクの持つ重要な側面として、リアルビジネスへのインパクトについてもお伝えします。現在の、そして、未来のビジネスパートナーたちがコネクテッド・インクという他にはない体験空間に身を浸すことで、人間の持つ多面性に向き合おうとしているワコムの姿勢に共感し、新たな事業や投資案件へと発展する。こうしたケースもすでに表れ始めています。
それは、会議室に閉じこもって数字の話だけをしていたのでは実現し得ない、新しいビジネスのあり方の可能性を示しているようにも感じられます。創造的混沌にあふれたこの場では、朧げに映っていたかもしれないワコム独自の世界観が、鮮やかな輪郭を持って浮かび上がる。
このようなワコムのリアルビジネスへの有益な影響も、ぜひ知っておいていただきたい、コネクテッド・インクの実利的側面です。
コミュニティの持つ力を信じる、その理由
創作に関わるすべての人々を支えたい。この想いは決して大袈裟ではなく、事実、これまでのコネクテッド・インクにおいても、ワコムの事業の核である「ペン&インク体験」だけではない領域、例えば音楽、例えばダンス、例えば演劇やパフォーミングアートといった人間表現へも関わりを広げてきました。
一方、創作に関わる領域は無限とも言える広がりを持っており、ワコムがすべてを網羅しようと考えるのは現実的とは言えません。この場合のひとつの解と考えたのが、共通の目的や興味を持つ有志の集まった緩やかな共同体、つまりコミュニティとの共創関係の構築です。その視点はコネクテッド・インクにも色濃く反映されています。
コミュニティの持つ力を、ワコムは信じています。コミュニティを通じてワコムが磨きぬいてきたペン&インク体験の技術や、アイデアを世の中に問いかける。良いものを問いかけられれば、その結果としてコミュニティからの信頼が得られる。
このサイクルは、ワコムが日々行っている企業活動そのものとも言え、企業活動の中核に位置するくらい、コミュニティはワコムにとって大事な存在である。これがコミュニティに対するワコムの考え方です。
そして、コネクテッド・インクは、このサイクルを短縮して2日間のイベントという形で体現したものなのです。
合わせ鏡としてのビレッジ
コネクテッド・インクを語る上で欠かせないのが、共催者であるコネクテッド・インク・ビレッジ(愛称:ビレッジ)の存在です。2021年2月に発足した一般社団法人コネクテッド・インク・ビレッジは、アート、テクノロジー、学びを通じて社会に貢献することを目的に、ワコムが中心となって設立されました。
新たな文化や価値を生み出し、社会へ実装するための幅広いプロジェクトを運営しています。コネクテッド・インクでも、クリエイティブな領域を幅広くサポートしているのが、このビレッジです。
ワコム代表取締役 兼 CEOであり、コネクテッド・インク・ビレッジ代表理事も務める井出信孝は、ビレッジなくして、「コネクテッド・インク」の成功はありえない、と話します。
コネクテッド・インクの旅を共有しよう
ワコムが持つデジタルインク技術(ink)を通じて、プロフェッショナルであろうとアマチュアであろうと、創作に魅入られた人々、そして、その一人ひとりが秘める創造性やアイデアをつなぎ(connect)、まだ見ぬ新たな地平を切り拓きたい。
「コネクテッド・インク」の名には、そうした想いが深く刻み込まれています。創作と表現に携わるあらゆる人の取り組みすべてを愛しいものとして分け隔てなく抱きとめる。そうした温かく優しい空気がコネクテッド・インクの場に満ちていることが皆様に伝われば、それはこの上ない喜びです。このイベントは終わりのない旅のようなもの。
この果てしない旅路を、一人でも多くの方と共有できたら嬉しく思います。
次は一体どんな問いかけがなされるのでしょうか。新たな「問い」が投げかけられるのを待ちながら、しばらくの間、「コネクテッド・インク2024」のストーリーをお楽しみください。
コネクテッド・インクの持つ多面性が見えてくれば、2025年の秋がさらに待ち遠しくなるに違いありません。
コネクテッド・インク2024東京の各セッションのアーカイブ映像は、YouTubeでご覧いただけます。