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「百年の孤独」を読み終えて

 「百年の孤独」を読了しました。名作というだけあって読み応えがありましたし十分な読後感の残る作品でしたが、物語に感動したとか考えさせられたというよりは、技法と描写が強く印象に残る作品でした。全く時代も内容も異なるので比較するのはおかしいですが、例えば「罪と罰」を読んだ後の心の中の何もかもが昇華していくような感動とは違います。
 一〇〇年にも渡るブエンディア家の六代(七代?)の盛衰、あるいはマコンドという架空の町の盛衰を描いているにも関わらず、盛衰記としての感動が希薄なのはおそらく展開が早すぎるせいだと思います。メルキアデスの来訪に始まる文化の発祥から、魔法的な町の発展、1000日戦争からバナナ虐殺、四年間降り続ける雨から長い干ばつ、登場人物の生と死、町の衰退と暗号の解読、とにかく次から次へと事件が起きますが、長くは描かれません。
 登場人物も深く掘り下げている人物が限られていて、自分にはよく理解できなかった行動原理の人物も多いので、その分盛衰記としての感動が薄くなったのではないかと思います。これを一九世紀の文豪が緻密に書いたら「戦争と平和」なみの大作になっていたかもしれません。しかしガルシア・マルケスはそうしなかった。つまり長大なブエンディア家(あるいはマコンド)盛衰記を読者に読ませるつもりはなかったと思われます。
 では何を伝えたかったのかといえば、表題どおり、百年しか続かなかったエンディア家の人々の孤独でしょう。メルキアデスが羊皮紙に書いた孤独な歴史。もっとも、実際にコロンビアで起きた1000日戦争からバナナ虐殺へのフィクションを借りた批判と受け止めることもできますが、そこまでの知識はわたしにはないので踏み込めません。
 また盛衰記としてイマイチだったのなら面白くなかったのかと問われれば、非常に面白かったです。冒頭に書いたように、マジックリアリズムによる描写に関しては感動的ですらあったし、ときには吹き出してしまうほど面白い部分もありました。また、登場人物も細かい心理描写が少ないものの、個性的な面々ばかりで人気ランキングをしたいほど魅力的でした。

 まず感動したシーンを紹介します。
 ひとつはホセ・アルカディオ(第二世代)が自殺したときに流れ出た血が寝室から外へ出て歩道を這い上がり、絨毯を汚さぬように母親のウルスラの元にたどりつくシーン。これぞマジックリアリズム!といわれますが、そういうことよりも子供が母親に自分の死を知らせるという行為自体に感動しました。しかもウルスラの家の絨毯を汚さないように気をつけるなんて泣けます。ウルスラは、変わり者ばかりのブエンディア家で唯一良識的な肝っ玉母さんなのですが、アウレリャノ大佐が自殺して死にかけたときも離れたところにいながら直感で気づくし(鍋に蛆虫がわく笑)、口は悪いのですが強い母性愛を感じます。わたしの大好きな登場人物の一人です。
 次にホセ・アルカディオ・ブエンディア(第一世代)が死んだときに空から黄色い花が降り注ぐシーン。道が花で埋まりました。一つの時代の終焉を思わせます。
 さらにこの物語では珍しいのですが、まだまともだったアウレリャノ大佐(第二世代)と敵将であるモンガド将軍が敵味方を越えてお互いを認め合って友人関係になるシーン。ヘミングウェイが書きそうな光景で清々しいのですが、結局大佐が後でおかしくなってモンガド将軍を処刑します。このあたりがブエンディア家の人間の「孤独」ですね。
 そして極めつけは、小町娘レメディオスの昇天シーン。このシーンは、先ほどのホセ・アルカディオの血がウルスラにたどり着くシーンと双璧を成す美しいシーンです。

 また笑えるシーンも多くあります。レメディオスが昇天する前に彼女にメロメロになった男たちが裸体を覗き見たりお触りしたりすると、すべてボロ雑巾みたいに阿呆な死に方で死んでしまうのです。思わず吹き出しますよ。何者なんでしょうね、レメディオスは。一種の女神みたいなものでしょうか。
 また最後の方で、わたしがこの世で最も苦手な生き物Gの生態をアウレリャノが詳しく説明するのですが、なんでここでGの話が出てくるのかと笑ってしまいました。だけど勘弁してほしいな。本当に嫌いなのです(泣)。
 
 とまあ挙げればきりがないですが、猛スピードで展開される描写は非常に面白いものが多いです。次に登場人物ですが、人気ランキングとでもいいましょうか、わたしが感情移入できた人物をあげます。
 
 ウルスラ
 一番まともです(笑)。120歳くらいまで生きますが、近親相姦の結果が豚の尻尾であることをちゃんと知っているし、一家をきりもりしながら、兵隊相手だろうがなんだろうが、自分の子供を守るためなら生身で突っ込んでいって蹴散らす肝っ玉母さんです。

 フェルナンダ
 一番嫌いな女(笑)。第四世代のアウレリャノ・セグンドの正妻ですが、外からきたお嬢で、父母からたたき込まれたキリスト教のしきたりを子供に押しつけ、ウルスラ亡き後はマコンドの実権を握ってやりたい放題。この女が来てからマコンドが落ちぶれていった気がします(実際には、バナナ会社に代表される時代の流れのせいなのですが)。嫌いですが、気持ちがわかるので(なんでマコンドみたいな田舎でこのわたしが野良仕事しなきゃいけないの?みたいな)。

 アウレリャノ・バビロニア
 第六世代で、メルキアデスの暗号解読に成功する内向的かつ書物が好きな人物。結果的には、ウルスラ・アラマンタ(叔母)とできてしまい、結末を迎えることになりますが、少年からの過程がよく描かれていて感情移入できました。

 アウレリャノ大佐
 革命軍の先頭に立ったウルスラの子供の一人。最初は魚の金細工をひたすらしている内向的な職人だったのに、いつのまにか英雄として祭り上げられるほどの軍人に。小町娘でないのほうの最初の幼いレメディオスが好きになりやっと結婚したのに、レメディオスはすぐに死んでしまったのがすごく悲しかったです。

 このあたりでしょうか。好きな人物として挙げるなら、小町娘のレメディオス、メルキアデス、ウルスラ・アラマンタ等々、一杯出てくるのですが、何を考えているのか、今ひとつわからないのですよね。第一世代のピラル・テルネラや第二世代のレベーカやアマランタなど重要人物が一杯いるのですが、心理がよくわからなくて感情移入できませんでした。特にレベーカとアマランタは重要人物なのですが、よくわからないまま孤独に死んでしまいました。本当にこの物語に出てくる人はみんな孤独です。

 最後にマジックリアリズム、マジックリアリズムと技法にばかり目が行くのはどうかと思います。確かにカフカの不条理同様にその手法が同時代の作家たちに衝撃を与えて小説のあり方に影響を与えたのでしょうが、あくまで写実主義やシュールレアリスムなどと同じく、ひとつの技法であって、読み手のわたしたちは技法を読む訳ではなく、どんな技法であれ書かれた物語を読むのだからその内容で評価するべきだと思います。
 またこの小説はそれほど難解ではありません。ただ改行と台詞が少ないので、読みにくいかもしれません。

 以上、わたしの感想でした。
 さて、次は何を読もうかな。この選択の時間がまた楽しい! 
 それではまた! 




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