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青春よ。

この題名を見た瞬間から、もう居ても立っても居られないような、こそばゆいような、ひどく懐かしいのにドキドキするような、それでいてホッとして暖かいような、何だか激しく揺れ動く気持ちの置き所がない。というのもこの本は私の青春時代を共に過ごした大切な本だからだ。

青春と言っても社会人2年目くらいの頃に出会った本だ。とにかくおもしろくておもしろくて夢中になって読んだ。

本を読むのが好きだった。実家暮らし独身女で実家に食費も入れずの無責任お気楽適当子女だった私は気になる新刊がでればわさわさと買い漁り、これは、と思う文庫があれば3.4冊鷲づかみにして、漫画コーナーも抜かりなくチェックし、欲しいものは全て購入した。自室は日々書籍類が増え続け、自室に入りきらないものは廊下に飛び出した。

もともとひみつシリーズとドラえもんと辞書と世界地図などがズラっと収納されていた廊下の本棚も私の書籍で埋められていった。

そして数年が経過し、結婚する事になりいよいよ家を出る事になった。この書籍達をどうするか。新居は2LDKのアパートである。全て持っていけるはずもなく、取捨選択を迫られた。そして私が選んだのが椎名さんの本である。椎名さんの本だけで大きめの段ボール1箱分くらいだったか。とにかくそれのみ選びあとの本達は段ボール何箱かに詰められてBOOKOFFへと旅立っていった。


別に実家に置いておけばよかったのだが、片付け魔で断捨離魔で私の部屋をきれいにするのだと意気込む母親に逆らえなかった。いつの間にか消えたひみつシリーズもドラえもんもこの母の仕業だと思っている。
また自分としても一度リセットしよう思っていたのだと思う。とにかく私は椎名さんの本だけを持って家を出たのだ。
それくらい椎名ファンだった。

私の住む地方に椎名さんが講演に来ると知り、有給をとって出掛けた。最後の質問コーナーでいのいちばんに手を上げて質問し(何の質問をしたか忘れた)終演後に出待ちをして本にサインしてもらったのは今も良い思い出だ。

前置きが長くなってしまった。
この本の話である。昔を思い出してついつい興奮してしまった。

椎名さんの私小説シリーズの1つで高校を卒業してから就職するまでの間、仲間たちと共同生活をした克美荘での生活の日々が軸となって書かれている…んだったよな確か。

実は椎名さんとはしばらくぶり。いやとんでもなくご無沙汰していた。5.6年はお会いしてなかったかもしれない。(著書を読んでいないという意味です。)最後に新刊を手にとったのはいつだったのか全く思い出せない。

何てことだ。

ここ数年は家事、労働、睡眠をひたすら繰り返す日々でまとまった自分の為の時間はなく、合間の隙間時間はといえば、言わずもがなのスマホである。

何てことだ。

初の出産の入院中にも産院のベットで椎名作品を読みふけっていたこの私が。

何てことだ。

今年に入り、ある程度の時間の余裕ができて見つけた「読書の秋2022」と、この本の題名。そしてこの文章の冒頭に戻るのである。

久々に読みふけるが、やっぱり面白い。楽しい。しまいこんであった他の著書もぱらぱらとやってみた。この幸せ。なぜ忘れていたのか。

椎名作品の良さは、まずは文体の読みやすさにある。当時、昭和軽薄体と名付けられたこの文章は一見すると簡単でゆるめの文章なのだけれど、読み進めていくにつれ、その場の空気や匂い、温度までもが肌で感じられるような感覚に陥り、そのうち体全体がぐるっとその本の世界観で包まれてしまう。

気が付けば、真冬の早朝の風に吹かれ、高校の水飲み場で血を流す番長を横目に、克美壮のかび臭い布団の上で寝て、安酒で酒盛りをして、お金の心配をしつつまた酒を飲み、ときおり現れる少しおかしな人々と、たまに出てくる綺麗な女の人とそして沢野、木村、イサオとの共同生活の日々に没入している。

彼らと共に過ごす昭和の風景は懐かしくて優しくて騒々しくてエネルギッシュでわくわくするし、どこか若さゆえの切なさもあってもうたまらない。


椎名さんの本はどのジャンルでも裏切らず常にこの感覚があると思う。とにかく胸の奥底をぎゅっとつかまれてしまうがその胸はとても暖かく心地良い。

一生懸命読み進めていってその行間の何かを感じていく、という感覚とは真逆で、私のような無知で無学な人間でも読むことの楽しさ面白さを教えてくれた本だった。

また読み返して、再び思い出してしまった、この空気。幸せ。

しかし私は気づいてしまった。買いそろえたはずの大切な椎名作品が、半分くらい無いのだ。エッセイとSF、確かに持っていたはずの何冊かがごっそりと無い。思い違いか…いや、怪しい探検隊シリーズが無いのはやっぱりおかしい。自分で処分するはずはない。実家にあるのか?しかしその実家もすでに壊されてしまい存在しておらず、確かめようにない。

何てことだ。

#読書の秋2022

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