なぜ、こんなに助けられているの?大国主神の国づくりの『意味』とは?【上巻】⑺ 出雲の国譲りー日本最古の歴史書『古事記』⑲ー
こんばんは。りたろです。
自らの持ち味を社会に貢献する「『和』の学級経営」を軸に発信しています。
今回は、
「日本人のための『和の国・古典文学』講座」という主題のもと
『古事記』の中にある
出雲の国譲り(上巻)を紐解くことで、
『和の国・日本』とは何か?を考えていきたいと思います。
なぜ、こんなに助けられているの?大国主神の国づくりの『意味』とは?
【上巻】⑺ 出雲の国譲り
ー日本最古の歴史書『古事記』⑲ー
【今日の内容】
1)出雲の国づくりと「小さな神様」
2)いきなり登場して国づくりを助けた「三輪山の神」
3)大国主神の国づくりの「隠された伏線」
前回の記事では、
オオクニヌシの「妻問物語」のお話をしてきました。
『古事記』には、たくさんの歌が収録されていて、
このお話の中では、
特に歌を通して情景を表す場面が多く、
「世界最古のミュージカル」と言っていいほど
歌で物語hが展開されていく様子が見られました。
さて、
スサノオから中つ国の国づくりを任されたオオクニヌシ。
どのように、
出雲の国を創っていくのでしょうか?
1)出雲の国づくりと「小さな神様」
オオクニヌシが国づくりを始めたある日。
出雲の御大之岬(みほのみさき)に行ったときのこと。
「国を治めよ。と言うが、いったいなにから始めよう…。」
すると…
『ガガイモ』という
手のひらにいくつも乗ってしまうようなサイズの船に乗った
3~4センチほどの小さな神様がやってきました。
「おまえは何という名前なのだ?」
しかし、神様は何も答えません。
「おい。だれかこの神の名を知っているものはいるか?」
いろいろな者に聞いても分かりません。
ヒキガエルにも聞いてみると
『オオクニヌシ様。この神様の名前なら、きっとクエビコが知っているはずです!ただいま呼んできます!クエビコは自分で歩くことができません。どなたか、ついてきてくだされ!』
そのクエビコ。
なんと『案山子』でした!
「おまえがクエビコか。」
『はい。お名前を知りたいというのは、こちらの神様でしょうか?』
「そうなのだ。話しかけているのだが、いっこうに口をきいてくれなくてな。」
『それでは、お教えしましょう。こちらの神様は神産巣日神(カムムスヒノカミ)の御子息で、常世の国の少名毘古那神(スクナビコナノカミ)とおっしゃいます。』
カムムスヒノカミのいえば、
八十神に襲われた時に命を助けてくれた神様です。
その息子様だったのです。
「息子様でしたか!!でも、なんでこんなところに?よしっ!カムムスヒノカミのところに行って聞いてみよう!」
そうして、カムムスヒノカミのもとへ行きました。
『この子は、間違いなく私の子だ。あまりに小さかったので指からこぼれてしまったのだよ。スクナビコナ。これも何かの縁。オオクニヌシの国づくりを手伝ってやってくれ。』
こうして、スクナビコナと二人三脚での国づくりが始まりました。
病の治し方や
害になる獣や鳥を追いはらう方法などを定め、
人々の生活の土台を固め、
二柱は協力し合って立派な国を創り上げました。
ちなみに、
愛媛県にある「道後温泉」
映画『千と千尋の神隠し』
のモデルとなった言われている建物がありますが、
そこに
オオクニヌシとスクナビコナの像があります。
この二柱の神が道後温泉で
身体を癒したというように伝わっています。
2)いきなり登場して国づくりを助けた「三輪山の神」
順調に進むかと思われていた国づくりでしたが、
ある日、突然スクナビコナが「常世の国」に去ってしまいました。
「常世の国」とは、
根の国の別名ともいわれ、
日本人が進行する海の彼方にある神々の原郷です。
ここから訪れる神は『客人神(まろうとかみ)』として
幸いをもたらしてくれるとされていました。
「私一人で国を治めることができるだろうか…。」
再び、悩んでしまったオオクニヌシですが、
海の彼方から光輝くものが近づいてきます。
『私が協力してやろう!ただし、私を大切に祀ってほしい。そうしないと、国づくりはうまくいかないのだ。』
「もちろんです!どのようにお祀りすればよろしいでしょうか?」
『大和の国の東の青々とした山の頂上で祀ってもらいたい。』
この大和の国の東の青々とした山。
「三輪山」
だと言われています。
そのため、
『古事記』では、この神様の名前は登場しないのですが、
「三輪山の神」であることが分かるのです。
のちに、
「大物主神(オオモノヌシノカミ)」
ということがわかります!
※「大国主神」と「大物主神」は同じではないか?
とも言われています。
(『日本書紀』では同一のものとしていますが、
『古事記』ではその説は採用していません。)
『日本書紀』では、
「大国主神」は
『和魂(にぎみたま)』
⇒「神の優しさ・自然の恵みなど温和な面を表したもの」
『幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)』
⇒「幸せをもたらすもの」
「神の不思議な力」
とされています。
しかし、この神様。
いきなり出てきて
「自分を祀れ!」とは
何とも偉そうな感じがしてしまいますが、
オオクニヌシは、
この神様の力を直感で信じて、
指示通り、大和の国の東の山の青々としたところに
神様をお祀りしました。
今でも、
三輪山の「大神(おおみわ)神社」は
日本屈指のパワースポットとされていますよね!!
こうして、
二柱は力を合わせて中つ国を
ますます発展させていきました。
(でも、『古事記』では、実際に一緒に国づくりをしたかは詳細には書かれていません…。)
3)大国主神の国づくりの「隠された伏線」
このように、
「大国主神の国づくり」
といっても、
大国主神がスーパーマンでなんでも一人で国をまとめたわけではありません。
①「うさぎ」の予祝
②「母」の祈り
③「カムムスヒノカミ」の復活の秘薬
④「オオヤビコノカミ」の助け
⑤「スセリビメ」の知恵
⑥「ねずみ」の助け
⑦「スサノオ」の言葉・武器
⑧「ひきがえる」「かかし」の助言
⑨「スクナビコナ」との国づくり
⑩「三輪山の神」との国づくり
このように
常に周りのいろんな力によって助けられる。
大国主神の
やさしくて温厚で、頑張っている姿を見て
周りが力を貸してくれる。
これが大国主神の魅力ではありますが、
決して一人だけの力で国を治めたわけではない。
このことを
よく覚えておいてください!!
「一人だけの力じゃない」
ことが重要なんです!!
実は、のちの
『出雲の国譲り』
に深くかかわってきます。
性格はいいけれど、ダメダメな神様が
周りから手伝ってもらいながら
天上世界の力も、地上世界の力も借りながら
立派な国を創り上げた。
『古事記』の編纂に当たり、
特に「出雲の国譲り」は丁寧にていねいに書かれています。
なぜかというと、
後に国譲りの際に、天照大御神の孫である
邇邇芸命(ニニギノミコト)が「天孫降臨」するわけですが、
やもすると
天照大御神が大国主神が創り上げた国を奪った
という見方にとれなくもないことになってしまいます。
そのため、
決して天照大御神が他人の国を奪ったわけではなく、
譲りうける「正統性」があって
自然な流れであることを明確にする必要があったんです。
中つ国は、「大国主神の国」ではなく、
天上世界も地上世界も「みんなで力を合わせて創った国」と
する必要があったんですね!
これで、「国譲り」の基盤は整いました。
では、
どのように国を譲っていくのか?
次回の記事でお話したいと思います。
日本国は、建国してから令和3年で、2681年。
『現存する世界最古の国家』です。
『古典文学』に触れると、
1000年以上もの間、
いろんな時代の日本人が
「きれいだな!」
「おもしろいな!」
「大切に伝えていきたいな!」
と感じたり、考えたりしてきたことが分かります。
国際情勢が混沌とする時代だからこそ、
まずは、大人であるわたしたちが
日本人の失いかけていた、日本人の一番大切な部分
『和の精神』
を取り戻して、一人一人が輝く。
大人が輝けば、子供が輝く。
子供が輝けば日本国の未来も輝く。
一緒に、『和の国・日本国』を楽しく学びましょう!
最後まで、お読みいただきありがとうございました。