『心のバグは水に流す』第123言
自分の内面に向き合うことが上手になると、案外すなおに打ち明けてくれます。それ以来、涙が出た時は、「どうぞ」と言わんばかりに泣かせています。
「泣きなさい、笑いなさい、人として、人として、花を咲かそうよ」
そんな歌あったよね
「いつもニコニコ」そりゃ満点花丸子でいたいけどさ、そんなに器用じゃないし、出来た人間じゃないからさ
でも笑ってるんだから、泣くときがあったっていいじゃんね
*
だいたい泣くときは、頭ではわかっているのに、うまくできない時です。
ふがいなく思えてくるんです。
それは気づきが多くなればなるほど、かもしれません。
実践して腑に落とせたらルンルンだけど、うまくできない自分に凹むこともあるんです。
「気にしない」ができなくて
「気にしない」を気にする
「気にしない」をしなければならない
「気にしない」ばかりでもいけない?
「気にしない」けど「気をつける」???
・・・こんがらがった心のバグ
そういう時
わたしは 内面のわたしに 思ったことを思ったまま 全部言ってもらってます。𠮟咤激励? 絶対しません。そんなの今はされたくないw
むしろ、わたしを信頼して、腹をわって、心を開いて、思いのたけを話してくれた自分に「ありがとう」
「話す」=「放す」
話すと楽になる、と同じですね。
思いを話す = 重いを放す
ようなものです。
こんなことじゃダメだと話すことすら許してあげないと、いつまでも手放せません。
いっそ、弱い自分、うまくできない自分を認めて、受け入れて「ま、そんなもんだ」と どーんと構えてあげた方が、すんなり話して手放せます。
自分にやさしく、自分に甘く、そういう時もあるよね、くらいにしておくのは、他人に対してもそうできるようになるので、一石二鳥です♪
心のバグは
心を強く持って 見過ごす
よりも
心の手綱を 弱く もって
出ちゃう時は 我慢せずに
涙でざーっと 水に流す
その方が
修復も 復活も
鯉の滝登りばりに
速い(気がするw)
今日も最後まで読んでくださってありがとうございます!