ぼーりー

表の顔は「会社員」/裏の顔は「人生の運び屋」/もう惑わされないゾ!の不惑世代(●´ϖ`…

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表の顔は「会社員」/裏の顔は「人生の運び屋」/もう惑わされないゾ!の不惑世代(●´ϖ`●)/ご先祖様方が紡いでくれた『大切なこと・大事にしたいこと』を自分も未来に引き継ぐ【第0言】/食いしん坊は歯が命

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『そもそもなんでnote書いてるんだっけ?⇦見たい景色があるからさ』第111言

どーも、ニャンタマぼーりーとかっぴぃです。 今日は初心を忘れないための備忘録を兼ねて、自問自答の対話形式でお話をさせていただきます。(手前どもの間柄につきましては第29言をご参照ください) かっ▶そもそもなんでnote書いてるんだっけ? ニャ▶・・・わたしはこのnoteで何をしているのか? 先人から連綿と、脈々と引き継いでこられた大切なこと、大事にしていくことを、わたしの経験を通して腑に落としてから、次の世に、次の代に引き継ぐこと。 それは、もっと言えば、 わたしが

    • 『2021年【完】』第319言

      いよいよ2021年も最後の日となりましたね。 今年始めたことの1つに「毎日note」がありました。飽きっぽいわたしが今日まで1日も休まず続けられたことに感謝しています。自分にも、この場をくれた方々にも、読んでくださった方々にも、そしてあなたに……結局いつも最後は「みなさまに感謝」に還ってきます。 ありがとうございました。 第0言には、向き合う感情の第一位は「引き継ぎたい」と書いてありました。大事なことを子孫に引き継ぐには文字にのこすしかない、と思ったから重い腰を上げたの

      • 『大掃除』第318言

        年末大掃除はもうお済みでしょうか? 換気扇やレンジ周りの掃除をすると、知らず知らずの内にこんなに油汚れが溜まってるんだなぁと気づきます。 毎日料理している分には気になりませんが、一度気づいてしまうと、それをそのまま新年に持ち越すには躊躇してしまうほどです。 それと同じように、よくよく心の隅々まで見渡してみると、知らず知らずの内にストレスになっていたような習慣があるのに気づいたりします。 日常がゆえに、だんだん義務感になっていた習慣、知らぬうちに自分を苦しめていたもの…

        • 『隣の芝生は美味い?』第317言

          チェダーチーズの「チータラ」 隣で美味しそうに食べられると、さっきまで別に今は食べなくていいと思っていたのに、途端に美味しそうに見えてきて、本当に美味しいのか試したくなって、食べたくなる。 皮付きの「さきいか」 いつもは皮がないタイプを食べるから、硬そうに見えるその風貌に、二の足を踏んでいても、隣で美味しそうに食べられると、やっぱり食べたくなる。 人が美味しそうに食べているものって、なんであんなに興味を引き、食べたくなるんだろうか…… 人がうれしそうに美味しそうに食

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        『そもそもなんでnote書いてるんだっけ?⇦見たい景色があるからさ』第111言

          『皮の変身』第316言

          みかんの皮も栄養があると聞けば、キレイに取り除くより、まぁまぁ付いていても気にしなくなる。 皮に栄養があると聞けば、大根の皮も人参の皮も活かそうと思う。 「ゴミ」という言葉も、持ち主によって意味が変わるのだな。 ゴミにしてきたものは多いのかもしれないが、それに気づいたなら、活かしていけばいい。 〜反省を感謝に変えて〜  「悔い改め」は「豊かさ」に変化していく

          『皮の変身』第316言

          『ひどい話』第315言

          ひどい話だよね〜鶏インフルとか色々あるけどさぁ〜 家族のつぶやきに、ホントだよね〜と共感した話です。 鶏インフルエンザとか豚インフルエンザとか……、そうなると、鶏や豚は容赦なくすべて殺処分になります。 これを人間にやられたら…… コロナウイルスに誰かが感染したら、とりあえずその地区の人間全員、会社の全員、「そうかもしれないから」という理由で、検査もなく、容赦なく全員殺処分…… えぐいですよね。 守るため、という大義名分があるのは分かりますが、逆の立場で、される側に

          『ひどい話』第315言

          『生ける連獅子』第314言

          連獅子を観て、ガウディの建築を思い出しました。 連獅子とは、歌舞伎の演目で、クライマックスでは、床につくほど長い白い髪(親)と赤い髪(子)が息を合わせて、ぐるぐると振り回す様が圧巻です。 先日TVの特集では、意外な光景を観ました。 連獅子、そのタイトルからして、一糸乱れず合わせる姿を観客にみせるものだと思っていました。 だけど、亡き勘三郎さんは、子にタイミングを合わせてやることをしなかった。 父の速さについていけないから、紅白の髪の円は揃わない…… 連獅子の演目そ

          『生ける連獅子』第314言

          『手に"入れる"と"入る"について』第313言

          手に入れる というと、何かを新たに手に入れることのように思っていた。 だけど、 もともと手にしていたものに「ただ気づく」という作業をしているだけのように今は思う。 目に見えないものは 不確かで、なきもののようにしてしまう。自分で、捨てて置きながら、「ないない、ないない」と言っていたように思う。 気づくたびに、 手に入ってくるものが増えていく…… そんな感覚がするけれど、本当はずっと前から、とっくに手にしていたもので、得たんじゃなくて、捨てていたものを拾えるように

          『手に"入れる"と"入る"について』第313言

          『やっと神様にプレゼントを贈れる』第312言

          やっと神様にお返しができる――♪ 自分のことを知ることは、宇宙を、神様を知ることと同じだと、経験をもってお伝えすることができる……なんて言ったら、カッコつけすぎかな。 ことさら、自分の醜さや、至らなさを、自分に見せつけたかったのかもしれない。 その上で、でなければ、己の矜持を、立て直せないように思っていた。 そこには履き違えたものもあったけれど、真面目すぎると言われても、バカ正直と言われても、それがわたしならば…… わたしがわたしを愛せずにどうする。 今、わたしは

          『やっと神様にプレゼントを贈れる』第312言

          『結果オーライでいこう♪』第311言

          へっぽこだろうが、弱っちかろうが、 気にしぃだろうが、強がりだろうが、 真面目に生きていると気分がいい。 自分のことを信じられるから。 そうすると不思議と手に入るものが増えてくる。 目に見えるものも見えないものも同時に増えてくる。 『結果オーライ』 これをご加護という、 そう言っても過言ではなさそうだ。 みんなに助けられている、支えられてるんだということを実感できるのは、この上なく幸せなことだ。結局、ありがとうに行き着くから。 『結果オーライ』=『結局あり

          『結果オーライでいこう♪』第311言

          『すごいなぁ!は感謝の気もち』第310言

          今日は、公園に行ってよかったなぁ!と思ったことについてです。 清掃員のスタッフが、土をほりほりしております。 通りがかりの男性が「これ、こう……ガシガシやったらダメなの?」……棒かシャベルを思い浮かべているのか……上下に揺らして土に刺すような仕草を見せます。 清掃員の男性が「これは、手じゃなきゃダメなんですよ……こう、だんごになっちゃっててねぇ」と返します。 なんて気の遠くなりそうな…… だけど、この公園の土は幸せ者だと思いました。 こんなに優しく丁寧に大切にして

          『すごいなぁ!は感謝の気もち』第310言

          『これは試験だっ!と気づいてみる』第309言

          「同じ土俵に上がらない」とは聞きますが、妙につっかかってるこられると「嫌な人がいるのではなく、『嫌だなと思う自分の心』があるだけ」という仏のような諭しさえ、馬の耳に念仏になることがあります(仏だけに) ところが、どの道「これは御霊の訓練・試験なんだ」と思うようになると、少しずつですが……いや、行ったり来たりを繰り返しますが……自分自身の間合いや動きを、内観しだすようになりました。 (今日はそんなお話です) 相手が何か言ってくる時、まず、相手をお相撲さんの姿に変身させます

          『これは試験だっ!と気づいてみる』第309言

          『真実を知ることについて』第308言

          真実を知ること、見つけ出すことは、一見うれしいことに思えて、「知らぬが仏」というように、時に苦しくなる時もあります。 それは、「真実」が自分にとって都合の良い事実ばかりではないからです。 それでも知りたい……と思ってしまうのは、「自分のことを知りたい」のと同じようなものかもしれません。 生きとし生けるものの中にある「一つの生命」として、限りある今生の人生だからこそ、今生だからこそ知ることのできる何かを、探しにきたのかもしれません。 そして、その結果、「知れてよかった♡

          『真実を知ることについて』第308言

          『もういいかい?』第307言

          公園から聞こえる も〜いいかい? まぁ〜だだよ も〜いいかい? まぁ〜だだよ ずいぶん続いたこの攻防に「な、長い」とツッコミを入れそうになりつつ、この遊びの『息の長さ』にビックリしました。 わたしが子どもの頃にもあったし、親が子どもの頃にもあった遊びだと思います。 デジタル化はものすごいスピードで進んでいく。 なのに、不思議だ。 ファミコンと言ったらもう古いモノで、知らない人だっているのに、『もういいかい?まだだよ』の、アナログ代表的なあの遊びは、いまだ廃れ

          『もういいかい?』第307言

          『四季にみる文明度』第306言

          四季がある国の文明度は高いと、ネットの記事で見ました。(そんなこと言うと常夏の国とかに怒られそうでもありますが…) ただ、確かに、春夏秋冬のめぐりを感じるのは、幸せなことだよなぁ〜と思いました。こればかりはその土地の恵みですからね。 今日はえらく寒くて寒くて、なんども肩をすぼめました。 やっぱり暑い方がいい〜などと心の中でつぶやくと、『寒ブリ』の文字が浮かび、冬にこそ脂がのるよね〜と、食いしん坊魂が冬を推してくる…… 思いめぐらせてみると、季節ごとに美味しいもの、美し

          『四季にみる文明度』第306言

          『【人】っぱなし人生』第305言

          金八先生は、『人という字は、人と人が支え合って生きてるんでしょうがぁ~』と言っていたように記憶しておりますが(違っていたらすみません) よぉーく見ていると、『拝んでる手』にも見えてきます。 ありがとうございます。 ごめんなさい。 お願いします。 いただきます。 ごちそうさまでした。 人って、感謝したり、反省したり、お願いしたり、いただいたり、いただいたり、、、手を合わせ手向けることが多いんだなぁ、としみじみ。 案外、拝みっぱなしの人生が、人間の生きる道なのかも

          『【人】っぱなし人生』第305言