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『無難に生きるか、難なく生きるか』第49言

「難がない」…に越したことはないけども「無難に生きる」と「難なく生きる」では、ずいぶんと生き方が違うように見えませんか?(言葉っておもしろい)

今日ネットショップで掛け布団カバーを買った。注文承りましたメールが来てホッとしていた。
んが!その数時間後に在庫がない、取り寄せもできない、注文をキャンセルしましたメールがやってきた。

まぁ、だいたい最初は「むむむー」としますわな。

だども、わたしは知っている。

ここでプンコラするより「起こることは最善」、つまり、「こうなった、ということは、こうなる方がいいのだ」と思う方が絶対にいいのだ。

案の定、母にプレゼントしようと思っていた敷きパッドの口コミからまぁまぁの酷評を見つけてしまう(メーカーが違うが布団カバーもここにしようかと思って見てたのだ)

(え…前にみた時こんなのあったっけ?)

口コミにはさらに、〇〇と△△の方がよほど質がいい、と耳寄り情報が書いてあるのだ。

こんなこと、布団カバーのキャンセルがもし起こらなかったら気づかなかったわけです。

だからやっぱり「起こることは常に最善

いつものように「結果オーライ」になるわけです。

短気は損気」というけれど

本当にそう、実体験からそう、長年培った経験からそう。。

新入社員の頃。

お客様から声をかけられ、答えられないことや、ややこしいことに出くわすと「えーなんでーわたしー」……まぁ思います。

でもある時気づいたんです。

そのおかげで学ぶことが多い。

そのおかげでのちの自信につながっていることが多い。

そりゃそうですよね。

今までできなかったことが、できるようになっているわけですから。

その出来事が起きなかったら、いまだにできてないかもしれません。

だからやっぱり「おかげさま」なんです。

とは言え、

最初からそんな風に思えたわけじゃありません。

「あそこにいると毎回なにかしら聞かれるんですよね~」

マネージャーに愚痴をこぼしたこともあります。。

でもね、マネージャーが言ってくれました。

「それはねぇ、あなたが答えてくれそうだからよ」

「この人ならなんとかしてくれそうって思うから声をかけるのよ」

……(えへへ、でへへ)

はい、単純です。

でも、それでいいんです。

そう思った方がうれしいし、ハッピーなんですから。

わざわざ不幸がる必要もない。

じぶんを不幸がらせない。結構大事です。

それに、

お客様は案外見ているものです。

一生懸命対応してくれているかどうか。

(まぁ全てが当てはまるわけじゃないけれど…)

いつしか、「あー変なのにあたりたくないー、ヤなのが来ませんように」と願うよりも、「どーんと来ーい」と思うようになりました。

そうすると変なのが来なくなったり。

来たところで「起こることは常に最善」で「ラッキー」にしてしまうので、「おかげさまで〇〇ができるようになった、良かった、結果オーライ♪」になります。

じぶんを幸せ者にした方がいいじゃないですか。どのみちそれをするなら。

「無難に生きる」それはそれでいいけれど、難は難でしかない。

難なく生きる」それはそれでいいけれど、難はラッキーに変換される。

「無難に生きる」難を避けて、難を避けられなかったら不幸がる。

「難なく生きる」難ととらえず、おかげさまでと幸せがる。

どっちもありです。

どっちも経験ありです。

どっちもやります。

結局じぶんの心地いいを探してる。

いい塩梅(あんばい)に

スマホのON/OFFボタンや強弱ボタンをうごかすように調整して生きている♪

今のわたしは「難なく生きたい」が強め。

だけど、ならばどうぞ!と言わんばかりに難らしきものがいっぱい来ても心地よくないので「無難に生きたい」もちゃんと「ON」(じりじり調整中)

あぁ…でもやっぱり。

この肉体での今生は1回きりだから、難なく生きまくりたい(`・ω・´)シャキーン

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