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映画#11『ヴァージン・スーサイズ』/ 少女という幻想の解剖学
カタカナにすると、それが何を意味しているかすぐにはピンと来ないものの、和訳するのはもっと難しいこのタイトル。
自殺を意味する”suicide”に”s”が付いて複数形になっているところから漂う、不吉な予感。
この映画のすべては、冒頭のセシリアと医者の会話に集約される。美人5姉妹の末っ子セシリアは、自殺未遂の直後、医者である中年男性のほとんど嘆きのような質問にこんな回答をする。
Doctor: What are you doing here, honey?
You’re not even old enough to know how bad life gets.
(なぜこんなマネを?人生のつらさも知らん若さで。)
Cecilia: Obviously Doctor. You’ve never been a 13-year-old girl.
(先生は13歳の女の子じゃないもの。)
少女の気持ちは、少女という存在を経験したことがない人には分かり得ない。この絶対的な真実をこんなにも美しく表現できた作品はほかにないだろう。
今回は、わたしの永遠の憧れソフィア・コッポラ監督のデビュー作品について掘り下げたい。
< voodoo girl’s 偏愛ポイント >
・観客を一瞬で虜にするタイトルシークエンス
・甘く身勝手な幻想を打ち砕く衝撃の結末(※ネタバレあり)
①観客を一瞬で虜にするタイトルシークエンス
映画が始まってから2分が経ち、セシリアと医者の会話から映像が切り替わると、本作のタイトル『The Virgin Suicides』の文字が浮かび上がる。最初はひとつだったそれは、授業に退屈した少女のノートに書かれた落書きのように様々なデザインで書き足され、スクリーンを覆ってゆく。
長編初監督である本作以降、ソフィア・コッポラ監督の映画のシグニチャーともなるガーリーな世界観が、このビジュアルからも早速うかがえる。
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しばらくするとタイトルの文字は薄れ、青空をバックにキルステン・ダンストの美しい顔が画面いっぱいに現れる。2002年公開の『スパイダーマン』のヒロインMJ役としても有名なキルステン・ダンストが、その3年前に本作で演じるのは、5姉妹の中でもっとも美しく、ちょっと小悪魔な四女ラックス役。
こちらをまっすぐに見据えたラックスは、この世で一番魅力的なウインクを放って、観客を魅了する。「キラッ」という、いかにもな効果音も相まって、まさにハートを射抜かれたような気分になるこの演出は、ソフィア・コッポラ×キルステン・ダンストという最強コンビでなくては成立しなかっただろう。
②甘く身勝手な幻想を打ち砕く衝撃の結末(※ネタバレあり)
タイトルシークエンスの直後、ナレーションによってこの物語の行き着く先が早々に明らかになるのだが、結論、リズボン姉妹たちは自ら命を絶つことになる。
自由や愛情を渇望しているにもかかわらず、
過剰に守られ、周りは少女という”幻想”を愛し、
それが実体を持った生身の人間であるとわかるとたちまち興味を失う。
”少女であること”を消費され、姉妹はその歪みに絶望していく。
ラストシーンでは、姉妹を救い出す王子様になりたいと妄想する能天気な少年たちの甘い空気を打ち砕くかのように、死体発見の様子が淡々と描かれる。姉妹が本当は何を考えていたのかは永遠に謎のまま、少年たちには空虚な現実だけが残される。
この強烈なコントラストには、女性監督ならではの説得力があり、今まで自覚したことがなかっただけで、実は自分の人生にずっと付き纏っていた影の正体が明かされたような、静かなアハ体験とともに、わたしはがっしりと心を掴まれた。
もちろん、原作となった小説自体が優れているというのはあるだろう。一方、それを適切な温度感で、圧倒的に惹きつける世界観で、なんなら監督デビュー作で表現することに成功したソフィア・コッポラは本当にセンスの塊だと思う。
ドレスを着た監督
昨年、ソフィア・コッポラ監督のアートブック『SOFIA COPPOLA ARCHIVE』が出版された。この本には、監督が作品を作る上で集めた参考資料や舞台裏の記録などが詰め込まれており、ファンにとっては、これ以上の贅沢品はないというくらい豪華な内容で、我が家でも家宝として大事に保管している。
その中に掲載された1枚の写真に、わたしの目は釘付けになった。
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赤いドレスに身を包んで『ヴァージン・スーサイズ』の撮影に挑む若き日のソフィア。
写真の左下には本人のコメントが記載されており、彼女曰く、当時女性監督の数は特に少なかった上に、みんなそろって男のような格好をしていたため、それに反抗するべく、フェミニンな服装で現場に臨んだとのこと。タイトめなドレスで膝を曲げ、若さならではの意地を貫きながらキツそうな体勢でレンズを覗く彼女の姿は、相当かっこいい。
先生、一生ついていきます!!