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Voices Vol.2 不登校を乗り越えた先に。

◆プロフィール
小野淑子(おのとしこ)
神戸在住の3児の母。46歳主婦。日本公文教育研究会(KUMON)の元社員で、1997年から途中産休育休を利用しながら18年間勤務。主に阪神間のKUMON指導者の応援。2015年に退職。2020年秋に、認定子育てハッピーアドバイザー※となり、地元神戸で不登校や子育て支援を始めたばかり。趣味はドライブしながら妄想すること、クライミングのビレイ(主に長男と)
わが子は3人とも不登校を経験。現在、長男は堀江貴文さんの「ゼロ高」に在籍。長女・次女はオルタナティブスクール「箕面こどもの森学園」の小学部に通学。

※認定子育てハッピーアドバイザーとは、「子育てハッピーアドバイス」シリーズの著者、明橋大二医師が提唱する一般社団法人HATの認定資格です。

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(イベントの様子)


本記事のあらすじ等はこちらからご覧いただけます。
ご購入の参考にしていただければ幸いです。

「ワクワクしている人でいっぱいの世界にしたい!」


初めまして。小野淑子と申します。この度、菊地さんからウェブマガジンを立ち上げるので原稿を書いてほしいというお話をいただき、お受けさせていただくことにしました。教育関係の仕事をしていた私がわが子の不登校を経験し、当時感じていたことや現在考えていることをお伝えできればと思います。

元々、祖父や両親が教育関係の仕事をしていて教育熱心な家庭に育ったこともあり、価値観が狭く、

「学歴、知識、技術を身に着ける」
「子どもの能力を最大限に伸ばすこと」
 =
「豊かな人生」

だと思っていました。しかし、わが子の不登校をきっかけに、わが子や自身を責め続け、苦しい時期がありました。そのうちさまざまな教育観に触れ、子育て観や人生観が変化。人は多様な生き方ができるし、それを選択するのは自分だけしかできないということに気づきました。
今は、「いろんな生き方・学び方がある」ということを広めたいと思っています。

不登校でつらかった時期

私には2回、つらい時期がありました。

1回目は、長男の不登校が始まった小学5年生の頃です。

学校に行かないなんて怠けている!行かなくなったら、どうなってしまうのか?という未来への漠然とした不安から、強制的に行かせようと腕を引っ張ったり、罵詈雑言を浴びせていました。

世間の常識や当たり前の事ができないわが子を恥ずかしいと思ったり、そう思う自分を責めたり。
周りへの妬みと恨みを抱えながら、「明日は行けるかな?将来は自立できるかな?」という未来の事ばかり考えて疲弊していました。不登校や家族の衝突が増すにつれて、長男の生きるエネルギーみたいなものはどんどん失われて行きました。目つきも鋭くなり下の娘たちも家を怖がるようになりました。もう家族全員がクタクタに疲れ果てていたそんなある日、ご近所のお家から幸せそうなご家族の笑い声が聞こえてきて、ベランダで立っていれないぐらいの絶望感に襲われた時の事は今でも鮮明に覚えています。

 そんな私が楽になったきっかけ。ひとつは、「わが子を天才だと思い込む」です。語弊があるかもしれませんが、「ゲーム感覚」でこの非常事態を楽しみながら、わが子を信じる魔法を自分にかけてみました。
 徹底的に口出しするのをやめて、目だけをかけました。そして可能な範囲で「甘え」を受け入れました。思春期だったので頭をなでるとか抱きしめるといったスキンシップはできなかったので、嫌なお稽古はすべて辞めて、学校も行ける時だけ行くようにして、カードゲームの対戦ができるショップを一緒に探して行ったり、夜遅くにクライミングジムまで迎えに行ったり。

 以前の私だったら、「そんな事しません!」と一喝していた事です。それを続けて一年ほどすると、息子の表情も少しづつ柔らかくなってきました。私が手を止めて長男の目を見て話を聴く時間も増えていきました。
 
ある時長男が「〇〇の時、つらかったわ」と泣きながら言ってくれた時、私も泣きながら「ごめんね」と心から謝りました。

私が楽になったもうひとつのきっかけは、知らなかった情報や価値観に触れた時です。特に海外の教育事情を知った時、自分がこれまで目指してきた未来がとても狭い世界だと実感したのです。そういった情報は、ママ友、ご近所さん、塾の先生、昔からの友人などあらゆる人に不登校の話をすることで得られた情報でした。

しかし我が家の非常事態はまだ続きます。下の娘たちも不登校になったのです。それが2回目のつらかった時期です。
長男の不登校を経験して、これまでの自分の子育ての仕方が悪かったのだと反省していた私は、子育てや教育観をガラリと変え、嫌がることはさせずやりたいことをなるべくできるように私なりに努力してきたつもりでした。
 
なので長女と次女が不登校になることは無いと信じていました。それなのに娘たちが小学3年生と2年生の時、ほぼ同時に不登校になったのです。長男の不登校から約3年、必死に生きていた私は「これ以上何をどうすればいいのか、どこに向かって走ればいいのか」と希望を失ってしまいました。この時の私はまだ、「不登校は恥ずかしいことだ」と思っていたのです。でもそこでまた「わが子は天才だと思い込むゲーム」をスタートすることにしました。
「学校になじめないわが子が悪いのではなく、わが子に合う場所を探せばいいのだ。」
と。

長男の不登校から7年ほど経ちましたが、今は子どもたちそれぞれが自分で選んだ場所で過ごしています。今思えば「不登校」というだけで、なぜあんなに思い詰めていたのかと不思議に思えます。世間の常識や正義に強く囚われていたのだと思います。今は、わが子の「生きるエネルギー」みたいなものを感じられる事が嬉しいと感じています。


◆私が大切にしていること。

「自己肯定感」これが何より一番大切だと思っています。
「自己肯定感」というと誤解されている部分があると思うのですが、
「能力によって育まれるもの」と「存在そのものを受容することで育まれるもの」があると思います。
「能力によって育まれるもの」というのは具体的には、運動ができる、勉強ができる、資格がある、人気があるといったように、他者と比べることで自己肯定感が育まれる場合。
「存在そのものを受容することで育まれるもの」というのは、具体的には長所も短所も含めて自分の凸凹を受け入れて、「自分は自分でいいんだ」とか「私は存在していていいんだ」といった気づきがあります
 子どもが成長するときに一番大切な土台となるものがこの「自分の存在そのものを受容する自己肯定感」です。

 ではどうすればこの「自分の存在そのものを受容する自己肯定感」が育めるのか。
そのために必要なのは、「安全で安心できる場」だと思います。
まずは身体的に安全な場所。具体的には食事と睡眠が十分にとれること。現代の日本では家庭がこのほとんどを担っていると思います。
 そして精神的に安心できる場所。具体的には「自分を大切にできる」場所。人は、自分の感じた事や意見を受け入れてもらえる経験があると、自分を大切にしてもらえていると感じることができます。それが日常的に繰り返されることで自己肯定感が低かった人も少しずつ自分を大切に思えて自分を好きになれると思うのです。そして自分を大切に思える人は、自然に他人を大切にできる。安心安全な場所で、自分を大切にしていいと思えたら、自己肯定感は育まれると思うのです。
 
 以前の私も「自己肯定感」が大事だと知っていたのですが、親になってからは不安しかなくて、どんなに熱心に勉強やお稽古をさせても「あなたはあなたのままでいいんだよ」と心底思えることはありませんでした。
 いつも「この子は〇〇が足りない、もっと△△になってほしい」と無いものしか見えていなかったように思います。わが子を優秀にすることで、私は親としての自己肯定感を得たかったのだと思います。そのことを言語化して自覚できた時、自分がいかに酷い親だったかと責めると同時に、霧が晴れていく感じがしました。
 「自己肯定感」とは「自分の中の光と影が隣り合うことを美しいと思えること」と学んだ私は、自分の醜い部分も愛していいのだと気が付いて、いろんなことから解放されたのだと思います。その後は、知識として知っていただけの「自己肯定感」を現実の中でどんどん実践していくことで、実体験として自分の中に浸透させていったように思います。

◆今の教育や大人について思うこと ~まずは大人がワクワクしている背中を見せる~

子どもは「安全で安心できる場」で過ごすことで自己肯定感が育まれると思うのですが、今の学校現場ではそれが圧倒的に足りないと感じています。なぜなら先生方が真面目すぎるからです。
日本の教育水準は世界的にも高くて素晴らしい点もたくさんあります。でも学習指導要領に囚われ過ぎている先生方が多いように思います。「ねばならないこと」に時間と体力を奪われ、先生ご自身が「私は子どもたちと〇〇したい」を考えたり計画する時間があまりにも無さすぎる。だから先生方は疲弊するのだと思います。
 これは教育現場の先生方だけではなくて、私たちおとな一人ひとりの大きな課題だと感じています。自分の本当の気持ちにウソをついたり無関心になることが一番恐ろしいと実感しています。
 
 私も以前は、「仕事ができる優秀な社員&キラキラした良き母親」になりたくて一生懸命努力してきました。みなさんも同じだと思います。周りからスゴイねと認めて欲しかったし、できて当たり前だと思っていました。しかしそれが結果的に自分も周りも苦しめていました。でも、わが子の不登校がきっかけでそのことに気づいたので、今はなるべく私自身が自分に正直でありたいと思っています。それを意識していたら、周りも許せるようになって、心から笑顔で過ごせる時間が圧倒的に増えました。
 心が元気になった私は、最近いろんなことを学びたい気持ちでいっぱいで、これまで知らなかったいろんな場所に出るようになりました。わが子たちは、何やら楽しそうにしている私を見て、いろんなことを感じてくれていると思います。
わが子が不登校で在宅している時間が長くなると、親としては不安になるのは当たり前。でもしっかり充電できた子はいつか必ず自分からいろんなことをやりたくなります。ある人から「人は元々、より良くなりたいと思う生き物ですよ」と言われていましたが、「本当かな?」とずっと疑ってきました。でも本当のようです。
 私たち親ができることは、子どもにとっての安全地帯を作って、凸凹だらけのわが子を丸ごと抱きしめて、焦らず見守る。そして親は親の人生を生きる。これ、不登校の親にだけではなく、すべての親・すべての大人にお伝えしたいことです。「教育」って子どもの話ではなく、我々大人の在り方の話だと思います。

◆未来について思うこと

 これからの子どもたちに必要なのは、多様な学びの中で自分の学び方を選択できることだと思います。これはもう数年前から様々な人がおっしゃっていますし、文科省認定の学校がすでに開校しています(大日向小学校、風越学園など)。ただ公教育、特に義務教育の小中学校が変化するにはとても時間がかかるのはしょうがないことだとも感じています。でも公教育が変わることを待っている間に子どもたちはどんどん成長してしまいます。ですので、今すぐできることを民間の1人である私から動くしかないと考えています。
 具体的には、公教育・私立・オルタナティブスクール・フリースクール・ホームエデュケーションなどいろんな学ぶ場を子ども自身が選んでいいという風土ができればいいと思っています。そのためには一つでも多くの認められた居場所(文科省認定の学校)を作ることだと思います。

◆私が参考にしているトコロ

2つあります。
ひとつは「認定NPO法人コクレオの森」です。これまで述べてきたこともここで学んだことが多く含まれています。
 娘たちが通う「箕面こどもの森学園」を運営している団体で、ここで実践している「こどもの森」「こそだての森」「おとなの森」「ミライの森」の4つの活動はどれも面白くて新しい発見ばかりです。面白いので人がどんどん集まってきています。私が魅力的だと感じる理由は、とにかくキラキラした人(自分の気持ちを正直に表現して他を受け入れる人)がたくさん居るので、オープンで風通しがよく偏っていない場であり、発信する情報や価値観を日常的に実践しているという点です。
 ここに行くと自己肯定感が上がるので最近はお手伝いすることも増えました。ぜひ一度イベントに参加してワクワクしてみてください。

 もう一つは「SEKAI NO OWARI」というアーティストです。彼らの世界観に私はどれほど癒され、はげまされたことか。特に長男が不登校になった直後は彼らのメッセージに救われました。聴きながら自分と対峙して感情の排泄をしていました。社会に疑問を問うメッセージが多いので、今でもよく聴いています。

長くなりましたが、我々おとな一人ひとりが、自分の存在を愛おしいと感じながら、自分の人生を生きる。その周りに居る子どももおとなもワクワクできれば、みんなが生きやすい世界になると思います。

◆最後に

この度、菊地さんからご依頼いただき原稿を書かせていただきました。私と菊地さんとの出会いは、箕面こどもの森学園を初めて見学した時でした。当時まだ大学院生で教育学を学んでいる学生だった菊地さんはご自身が小中学生時代に不登校だったとお話してくださいました。
 親の私からしたら小中と不登校でもこんなにステキな青年になるのかと目から鱗でした。私にとってはとても衝撃的な存在だったのです。一緒に見学をして、帰る時に菊地さんから声をかけていただいたのがきっかけで、今に至ります。
当時中学1年生だった長男をご自身の大学のゼミに呼んでいただいたり、卒業後は海外青年協力隊でのパナマの活動を教えていただいたりしました。
  菊地さんと出会って、面白そうと思うことをやってみたらどんどん世界が広がっていくということを教えていただいたと思います。
 私は自身の気持ちを文字で表現するのが苦手なのですが、やってみるとまた新たな発見があり楽しみながら原稿を作成できました。
今回のような機会をいただき心から感謝いたします。ありがとうございました。

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(不登校だった息子さん。今はクライミングに夢中。)


参考文献等

>認定NPO法人コクレオの森(大阪府箕面市)|認定NPO法人コクレオの森(大阪府箕面市)
>子育てハッピーアドバイス (happyadvice.jp)
>オヤトコ発信所 (ai-am.net)
>西郷孝彦「校則をなくした中学校 たったひとつの校長ルール」小学館
>岸見一郎・古賀史健著「嫌われる勇気」
>西野亮廣「革命のファンファーレ」
>SEKAI NO OWARI


https://cokreono-mori.com/index.html


本マガジンはNPO法人(フリースクール)の活動の一部です。いただいたサポートは子どもたちの支援や、活動資金に使わせていただきます。 本当にありがとうございます。