【社会Lv.48】『ライフシフト2』は私たちにどんな行動変革を求めているのか
「人生100年時代」という掛け声をあちこちで聴くようになって久しい今日ですが、このキーワードが広く日本でも認知されるに至ったのは今からおよそ6年前にスクール・オブ・ロンドン(ロンドン・ビジネス・スクール)の経済学者アンドリュー・スコットと組織論学者リンダ・グラットンによる共著『ライフシフト〜100年時代の人生戦略』(東洋経済2016年2月)からでした。
私たちFPやFAにはこうした情報をいち早く取り入れてセミナーを開催し、人生100年時代に向けたライフプランづくりと資産形成を世に訴える一翼を担ってきた自負があります。
出版された2016年当時、世界一の長寿先進国の日本人の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳(現在男性81.64歳、女性87.74歳)ほどでしたので私が開催してきた年金形成セミナーでさえ「100歳なんてまさか…」という反応も受講生の間では珍しくありませんでした。
しかし未だに「人生100年時代」について当時のように眉唾物の空想話のように捉えている社会人は殆どいないでしょう。
2017年9月に安倍晋三首相(当時)による「人生100年時代構想推進室」が立ち上がり、リンダ・グラットン氏はこの主要パネリストの一人として様々な講演や資料を公開してくれ、2019年4月にはこれらの動きと連動する「働き方改革」が施行されました。
言わずもがな「働き方改革」とは”Work Revolution”(労働改革)の事ではなく、『ライフシフト』の前作『ワークシフト』に基づく社会環境の変化に伴う働き方の変化・変容・変態を指しています。
前作『ライフシフト』の発売からおよそ6年経ち、コロナ禍という大きな危機と節目を迎えた今日において『ライフシフト2』が私たちに語りかけている事はどんな意味があるのでしょうか?
この6年に限った話ではありませんが、まずは今日の社会環境がどのようにこれまでの時代と異なるのかを振り返り、そして『ワークシフト』、『ライフシフト』、『ライフシフト2』それぞれの位置付けを大まかな感想を踏まえて書いていきたいと思います。
人生100年時代の福音と警鐘(個人の見解)
まず長寿、また時には不老不死というのは古代から人類の求めていながらも実現し得なかったものでした。
どんな権力者もお金持ちも一般の人も貧しい人も、生きとし生けるものは最期には老いと死から逃れられないという考え方は古今東西変わらぬ人間の宿命として扱われています。
古代中国の秦の始皇帝(キングダムでは嬴政)は中国統一後の晩年、不老不死を夢見て様々な食材や霊薬を試し、最期は聖なる秘薬と当時呼ばれた水銀を飲んで中毒死した程です。
(水銀に対する現代のような人間にとっては猛毒であるという理解、医化学は19世紀まで分からなかったため、皇帝ナポレオン、アメリカ大統領のリンカーンも…)
しかしこれが不死とまで行かないまでも20世紀も中盤を折り返す頃に入ると平均寿命が驚異的に伸び続け、およそ10年で2〜3歳の長寿化という状況が訪れます。
それは生まれた時代の平均寿命が70歳だった場合、その子が70歳になる時には14〜21年(84〜91歳)は更に長生きするのが当たり前の時代という事です。
しかも70歳を迎えた時の余命の長さを14〜21年と見込んでいるとその年齢に到達した時には更に3〜6年は長生きする事になるのですから長寿社会ならぬ超寿社会と言えるのが現代社会でしょうか。
今や人は宿命である”死と老い”さえ克服しかけていきます。
1990年にアメリカのエネルギー省と厚生省で始まった人間の遺伝子の99%、つまりほぼ全てを解明するヒトゲノム計画がコンピュータの飛躍的発展によって2003年に完了しました。
日進月歩の医療技術、医薬品の開発能力は人類史上類を見ない速度で成長し、かつて不治の病と呼ばれた癌はその発生メカニズムから遺伝子ごとに効果が期待できる抗がん剤治療等へ大きく舵を切り、近年では唾液や尿検査による早期発見までこれまでにない高い精度で発見できるようになりました。
また同じく不治の病とされたHIV、エイズは人に感染させないレベルまで安定させる投薬が登場して早10年。
今日ではHIV感染者が配偶者に感染させることを避けながら(U=U,Undetectable=Untransmittable)自然な夫婦生活の中で(体外受精や顕微受精ではない)子どもを授かる事も段階的に臨める状況にまで変化してきています。
更に認知症の治療も今では進行を遅らせたりする事のできる薬の登場(エーザイの大衆薬アデュカヌマブによる臨床試験段階)により、近い将来の克服まで間もなく視野に入りはじめています。
その他にも技術の発展に伴ってTESLA社などに代表される自動運転車の登場や普及は目前と迫っています。
近年は法令の厳罰化やエアバック、ABSなどの安全装置の確立などの上にこれらが加わることで事故による死亡者数などは激減することが予測されています。
今となっては車に当たり前として備わっているシートベルトも歴史を振り返ると1969年4月1日以降に国内で作られた自動車に運転席へのシートベルトの装備が義務化され、運転席・助手席の着用義務は1971年6月2日に努力義務となってから。1985年には自動車専用道路での罰則付きになり、1992年9月1日に一般道での罰則付きにようやくなりました。2008年6月1日からは後部座席も着用義務化。
私も中学生時代(1995年頃)、塾の先生がクラシックな車の愛好家でシートベルトを後付けした車に乗車したことがあります。
後付けだから変な所からベルトが伸びてくるんですよね…(* ´艸`)クスクス
海外に目を向けるとトヨタ自動車などが出資する空飛ぶタクシー会社ジョビーは実用化前にも関わらず市場から注目を集めコロナ前の計画では2020年にロサンゼルスで試験飛行サービスを開始予定でした。(Uber資本の撤退などに伴って2023年中に延期された)
また日本でもスカイドライブ社も2025年に開かれる大阪万博では国産の空飛ぶタクシー(一人乗りドローン型)が試験飛行される構想まであります。
またスマートフォンをハブにして体温や心拍数などを管理して装着者の異常を察知すれば救急車などを手配する仕組みで既に九死に一生を得た人も一人だけではありません。
前作『ライフシフト』のその更に前作品『ワークシフト』が働き方の変化、そして前作『ライフシフト』がその背景である生き方への価値観の変化に適応せよという警鐘本であったのに対して、『ライフシフト2』では何を私たちに投げかけてくれているのでしょうか?
前作『ライフシフト』の振り返り(抜粋)
産業革命が本格化した18世紀以降続く近代社会で当たり前とされていた人生の3つのステージ(学習・労働・老後)という生き方の雛形は、長寿化に伴って変化せざるを得ない状況がやってきました。
働く世代がたくさんいる事が当たり前の時代から働く世代がどんどん減っていく時代では、将来の現役世代(就労年齢世代)をアテにした年金制度は早晩現状を維持できなくなることは火を見るよりも明らかで、経済発展期に能力の高い従業員を囲い込むために独自に設けた企業年金は今や次々に廃止となり、人生の残り時間の長さに合わせて人々は働き方の見直しを突きつけられている…
これをポジティブ(アクティブ)に捉えるか、ネガティブ(パッシブ)に捉えるかで『ライフシフト』という本の伝えようと言う本質は大きく変容します。
社会が、会社が与えてくれるお決まりの誰かと同じような人生から「自分らしく生きるとは何か」を主体的(能動的・意識的)に考え、行動をその実現のために変えられるか。
変化への対応は容易ではなく、前作『ライフシフト』ではそれに戸惑いながらも挑戦するは人々が様々な事例において紹介されていました。
いわばこうした新しい「生き方」という価値観への移行の手引きが前作『ライフシフト』でした。
2020年時点で働いている日本人なら男性で4人に1人は95歳、女性は95歳まで生き、更にそこまで生きた人の一定数は100歳まで続く事さえあり得るという事は現在十分に予測可能な未来であり、またその子供たち(2007年生まれ)の先進国に生まれた子どもたちは100歳超が平均寿命になる…
「人生100年時代」とは誰もが100歳以上という超長寿社会を生きると言う意味ではなく、私たちは「生き方」をどう生きたいかに合わせて生きていく必要がある時代に生きている事を意味しています。
この事を働かされる時間が長くなる(高齢期まで働かなければ生活が成り立たない)や、病気や介護で苦しむ時間が長くなると受け身(パッシブ)でネガティブに捉えるのか。
それとも喩えば一日が24時間から30時間になってやりたい事、挑戦したい事に挑戦できるだけの人生の時間の長さ。
そのためにどんな意識と行動の変容が必要なのかと主体的、意識的(アクティブ)に捉えるかで本書から得られる情報は毒にも薬にもなります。
『ライフシフト2』の構成
まず大切なことですが『ライフシフト2』は、巷で流行の『2.0』のような上位バージョンではなく『2』と名付けられている通り前作『ライフシフト』の続編になります。
この事は前作で伝えきれなかった(書ききれなかった)内容を追記・拡張するという本作の明確な位置付けです。
そして前作同様に様々な国の、様々なライフステージにいる登場人物たちを例にライフシフトがどう求められているのかが様々な切り口から語られています。
『ライフシフト2』の構成をまず目次から観ていきましょう。
(PC表記向けに改行されています)
『ライフシフト2』は本編327ページのハードカバーですが、目次を観るとその本の構成から展開が分かります。
まず気が付かれた方も少なくないと思いますが、1P目の「はじめに」が始まる前に二人の著者による序文がローマ数字(ⅰ、ⅵ)で振られています。
本編は算用数字が振られていて、英語で書かれた原作に日本の読者向けに書いた部分が11ページと目次があります。
それ以降は、第1部から第3部までの3部構成になっていることがわかります。
喩えるならばこの3部構成は映画『スター・ウォーズ』のEPISODE7~9(後日談)のような位置づけです。
そしてその部の中に、各章が振り分けられています。
第1部は第1~2章、第2部は第3~5章、第3部は第6~8章です。
第〇部は非常に大きなテーマでの括り方をしており、視座を高めていかなければ把握しきれないほどの壮大な内容を扱っています。
一方で第〇章のナンバリングは第◯部を超えても連続しています。
それでもまだ大きな括り方をされていますので、それを更にかみ砕いて各項目に落とし込まれていき、ようやくおよそどんな内容について触れられているのかが理解できます。
本編とは直接関係ありませんが、アメリカのミッドセンチュリーを代表するデザイナーであるイームズ夫妻によって1977年に作成された『Power of Ten』を考えるとこの構成が理解しやすくなるかもしれません。
公園で寝そべる男性を距離を少しずつ離していく(10m)、次は10^2(100m)、次は…と、どんどん離していくという考え方です。
厳密には『ライフシフト2』はどちらかと言えば『Power of Ten』の中盤、広域宇宙から銀河・太陽系、そして地球、人間…の部分に準じ、高い視座(マクロ)から我々人間の行動などミクロにクローズアップするアプローチがされ、それを促すために社会・政府の取り組みとして再びやや高い場所(マクロ)から取り組む点を最後に触れていると言えるでしょう。
グラットン節が読みやすい『ライフシフト2』
経済学者のアンドリュー・スコットよりも、組織論・チームビルディングなどを指導するリンダ・グラットン氏の方が語り口として優しく読みやすいというのはあるでしょう。(日本ではグラットン氏が公演されることがほとんど)
『ライフシフト2』は前作の振り返り(序文)に始まり、この数年でいよいよ本格的に始まったテレワークやAI普及による働き方の変化、コロナ禍におけるこの後押しの影響などを踏まえ、グラットン節とも呼べる各年代の人たちのライフシフト・ストーリーと解説がされています。
特に特徴的なのが日本だけでなく、世界中の様々な年代や職業・家族構成などに身を置く多彩な架空の登場人物たちです。
それぞれが置かれている状況は様々です。
しかし国が違う、年齢や家族構成などのライフステージが異なる、職業が異なるだけで、どこか親しみを持て、私たちの周りにいそうなキャラクターたちが架空の存在とは思えないほどに私たち同様に悩んだり、葛藤したりしながら作品は展開されていきます。
彼・彼女たちは果たしてライフシフトできるのでしょうか?
そのためにどんなことが個人の考え方、行動が求められているでしょうか。
そして個人だけでなく、会社や国・社会にどんな行動変革が求められているのでしょうか?
個人はまずリカレント教育へ自己投資せよ
特にオチはないのですが、『ライフシフト2』では会社や国(社会・政府)が取り組むべきことについても後半でページを割いていますが、個人一人一人がこれらが変わることを待ってからでは変化に置いていかれる懸念をヒシヒシと感じさせます。
政府や官庁、そして企業などは変化に弱く、個人の方が機動的に動けるもので、そんな中でも個人がそれらを待たずに取り組めることの一つが「リカレント教育」でしょう。
日本語では「生涯学習」とかつて呼んでいましたが、近年は欧米などに倣って「リカレント教育」と呼ぶことが増えてきました。
これまで人類は長く3ステージの人生を過ごしてきましたが、人生100年時代(マルチステージ)においては社会人であっても何度も大学などの教育機関へ戻って学び直しをしてスキルや能力を高めて多様な生き方をすることが大切だとしています。
そしてこのリカレント教育は、単に資格や学歴を取りましょう。知識や学位を取りましょうというものではなく、物事の観方を養い、自分で考える力を育てる事、自分の送りたい人生はどんなものかを自分で考え、実現するための行動を起こしましょうというものです。
自然科学(science)の技術的進化や人文科学(art)の研究的深化によって資本主義経済はこれまで拡大し続ける一方で、人の成長は概してこれより緩やかでした。
このギャップを短期間(およそ3~4年)にキャッチアップして、所得の増大や安定した雇用をもたらすのがこれまでの教育でした。
教育の人間育成という目指している根幹は変わりませんが、人生100年時代では若い時代に大学卒業などで身につけた知識や資格・能力だけでは時間の経過と共に十分な所得を安定的に獲得し続けることがかなり難しくなるために、社会人入学やオンライン講座などを活用して自分自身を何度もアップデートする事が求められています。
これまでの時代、多くの人は就業までに身に着けた知識や資格などに業務経験や社会経験を積み重ねることで所属する会社の歯車の一つとなり、その会社から給与を安定的に得る事ができる一方で、科学技術などは多くの人が関わり1人の成長以上のペースで進歩していくのですから人が乖離(遅れていく事)は当然のことです。
この進歩が今後ますます加速的になってくるとこれまでと同じ20歳〜65歳頃までのおよそ40年の就業時代の間に収入を得る糧としてはどんどん有用でなくなっていく、またこれからは就労時間が年齢と結び付かなくなり、トータルでは就労期間が50〜60年とより長期化されていくことを客観的に指摘してくれるのは『ライフシフト』シリーズの鋭い、代表的な切り口の一つと言えます。(その他、日本的な年功序列の賃金体系の崩壊や人間関係などの無形資産も)
またこれを支援するために国によっては会社が学費を出してくれたり(米国スターバックス)、労働時間の融通をするとか、学費を所得控除するような支援を設けているところも既に出始めていると紹介しています。
一方で、日本は25歳以上の高等教育機関(4年制大学など)への入学はOECD平均の中でもかなり遅れていると指摘されています。
いえ、そもそも日本の大学卒業までに学んだ知識や教養・学位って…理化学や医学などを除けば就職する会社や仕事と無関係の仕事多すぎません?(笑)
また企業の意識も「本業に支障をきたすため」と従業員の就学を支援するのには程遠い状況が浮かんできます。
余程、所得と支出のバランスに余裕がある人でもなければ、仕事を休んで学ぶとか。
仕事帰りや休日に学ぼうというのは難しい点は、国・企業が支援する必要があると言えますが、これの実現を待っていたら確かにどんどん置いていかれそうです。
何故、「教育」がまず重要なのか
『ライフシフト2』には様々な行動戦略の事例が紹介されていますが、私がまず何よりもリカレント教育を強調するのは、教育によって様々な視点を持ち、視野が広がり、視座が高くなることでその後の仕事だけでなく、人生で実現したい事までも大きく変わったり、アプローチ方法が変化することが考えられるからです。
また社会人になってある程度の経験をすると学生時代に学んだことに深さを身に着けることが出来るようになります。
一つのことを修得すると、他の分野に取り組んでも応用ができるようになり、身につけるまでのスピードが加速していく複利の効果(雪だるま効果)も期待できます。
つまり学生時代のように丸4年かかるものではなく、もっと効率よく時間を使っていけるようになると考えられます。
更に教育は前作『ライフシフト』の中でも触れられているように無形資産の一つで、貨幣・紙幣のように使えばなくなってしまうものではなく、本人が生きている間にずっと価値をもたらしてくれます。
しかも使うほどに磨かれ、より価値を高めて行ってくれるものもあります。
これは人生100年時代において、人生の時間が長くなればなるほど有意になってきます。
これを『ライフシフト2』では神経可塑性と結晶性知能と呼んでいます。
尚、私がコロナ禍以前に通っていた明治大学のリバティアカデミーは法人優待制度があり勤務先の法人が3年おきに入会金3万円(毎年の法人年会費不要)を支払えば受講料が20%OFFになるという方式が取られています。
従業員みんなで学べばめっちゃお得ですよね(*´▽`*)
理解ある経営者ならこれくらいポンと出してほしいですね。
(他の大学にも類似の制度があるでしょうけど)
本の読み方、その本から得られるものというのは人それぞれだと思いますが、まずはご自分で『ワークシフト』・『ライフシフト』シリーズを読んでみてはいかがでしょうか?
読書は単なる情報を得るだけでなく、自分で読んで、自分の中に考えや理解を溶け込ませたり、引き出したりという作業が重要だと思うんですよね。(これについてはまた別な機会に書きたいと思っていますが…)
だからYouTubeとかの教育系とかは気を付けないと単なる情報(知識)になってしまい、本当の価値を発揮できないリスクが大きいと思うんですよね。
まぁ、個人の感想ですが(* ´艸`)クスクス
一人一人異なる人生を生きているのに、誰かが教えてくれる画一的な知識や物事の観方でどんな人生を生きようとしているのか。
他人と同じ生き方に安住している人がまだまだ日本は多すぎますね。
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