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SaaSスタートアップは、どのように大企業と協業すべきか?

SaaSスタートアップは、そのプロダクトが大企業(エンタープライズ企業)に導入されることにより、知名度のあるユースケースを創出し、その事例を基盤に顧客基盤の拡大が可能です。また、高い顧客単価も実現可能です。

ただ、大企業は、組織が複雑で、実績を重視します。大企業の担当者がスタートアップのプロダクトにリーチし、その導入に関する社内コンセンサス取得するまで、高い壁が存在します。その壁を突破する手段が、その大企業と取引のある別の大手企業からの紹介です。

つまり、SaaSスタートアップは、顧客基盤の拡大や高い顧客単価の実現するために、大企業との連携が不可欠です。反面、その連携には一定の難しさも存在します。今回は、その連携方法に関して考えましょう。

大企業によるSaaSプロダクトの販売は簡単ではない


SaaSスタートアップと大企業との連携という場合、まず思い浮かぶのは、大企業によるSaaSプロダクトの販売です。大企業には、強固な組織力と既存取引先との関係性があるので、これは簡単なように思えます。

しかしながら、実際には苦戦する事例が大半です。それは、大企業に、SaaSプロダクトを販売するケイパビリティもインセンティブも少ないからです。

ケイパビリティを考えましょう。大企業は、既存事業に特化した組織を持っています。それは、新領域を開拓するスタートアップのSaaSと相性悪いケースが多いです。また、スタートアップは、プロダクトが開発中だったり、オペレーションが未整備だったりする中、試行錯誤を行いながら事業を構築するケースも多いが大半です。大企業には、そのケイパビリティは僅少でしょう。

次にインセンティブです。大企業によるSaaSプロダクトの販売において、販売手数料のみがインセンティブとなる場合、大企業が動くことに高いハードルがあります。理由は、その販売手数料から得られる収益は、大企業から見ると微々たるものだからです。

例えば、SaaSプロダクトのARRが1000万円、販売手数料が30%としましょう。このスキームで、大企業が年間1億円を売上るためには、単純計算で30社の新規契約が必要です。これはハードルが結構高いです。反面、業種にもよりますが、売上1億円は、1チームの年間売上にも満ちません。

SaaSスタートアップが大企業と連携する場合、このケイパビリティとインセンティブの問題をクリアする必要があります。具体的には、(1)大企業の組織にインセンティブが働く協業スキームを設計すること、(2)大企業の不足しているケイパビリティを補完する協業体制を構築すること、(3)そのために初期はターゲットを絞り、ユースケース創出にフォーカスすること、が重要です。

以下、個別に検討しましょう。

大企業の組織にインセンティブが働く協業スキームの設計(1)


上記のように、販売手数料のみがSaaSプロダクトの協業の目的となる場合、大企業が動くことに高いハードルがあります。ポイントとなるのは、大企業が、そのSaaSプロダクトを担ぐことによって得られる、本業に対する効果を意識として、協業スキーム設計することです。

典型例が、特定業界のDX化を推進するSaaSをコンサルティング会社が担ぐケースです。コンサルティング会社にとっては、そのSaaSを担ぐことにより、その業界の業務効率化/コスト削減のコンサルティングの提案の幅が拡大します。数十万円の販売手数料よりも、数千万円の案件が取れることが、そのコンサルティング会社にとって重要ですし、それがその会社が動くモチベーションにもなります。

例えば、倉庫業務のDX化を推進するSaaSと組むことにより、商社が物流の事業を拡大したり、機械設備メーカーが倉庫業務のDX化の先にある自動ロボットの案件を提案したりする等、さまざまなケースが考えられます。

このように、大企業の既存事業が拡大する絵を描くことにより、大企業の組織を動かすことが可能です。これは協業検討時から意識するとスムーズでしょう。なお、次回は、具体的な方法をさらに検討したいと思います。

大企業の不足しているケイパビリティを補完する協業体制の構築(2)


上記のように、大企業は既存事業に特化した組織を持つが故に、SaaSの事業に関するケイパビリティが少ないです。特に、そのSaaSのもたらす価値が新しければ新しいほど、大企業による事業取組が困難です。

大企業とのSaaSスタートアップの協業において、さまざまな協業形態が想定されますが、まずは前者によるSaaSプロダクトの販売が起点になります。この協業体制を構築する際のポイントが、SaaSスタートアップのナレッジを大企業に注入するイメージを持ちながら、段階的に体制を構築する、という点です。

具体的には下記になるでしょう。

SaaSプロダクト販売における大企業とスタートアップの協業イメージ

Phase1で、大企業の協業担当者に対して、興味ある顧客の発掘→商談創出に専念するように依頼します。大企業の協業担当者が、接点のある取引先等にSaaSプロダクトの案内を行い、興味がある取引先が出たら簡単なプロダクトの説明をし、スタートアップ担当者との商談を設定するイメージです。実際の商談は、スタートアップの担当者が行います。大企業側の協業担当者は、商談に同席し、そのナレッジを習得します。

Phase2で、大企業の協業担当者から、その所属する部門や他部門等の社内の関係者を巻き込むように依頼します。もっとも、この段階では、社内の関係者の役割は、取引先等へのSaaSプロダクトの案内に留めます。商談設定以降は、協業担当者とスタートアップが共同行います。この段階で、協業担当者から要望や質問が増えますので、それがあれば即座に対応できるように、協業担当・サポート担当が必要です。

Phase3で、社内関係者に商談設定まで依頼します。この段階ですと、大企業の協業担当者は、単独でそのSaaSプロダクトの販売が可能になるでしょう。そして、Phase4で初めて、営業部の各部門担当者が、顧客への提案から販売まで出来る体制を目指します。ただし、このフェーズでも、クロージングを協業担当者に集約する方が、今後の協業の戦略的な展開(例えば共同でのプロダクト開発や別顧客セグメントへの展開)を考える上で重要です。

特に、Phase1とPhase2ですが、大企業の担当者が動きやすいように、営業資料を準備したり、社内関係者や取引先等に研修等をしたりする必要があります。この点、大企業社内には、その点を長けた人も多いので、共同で整備も行うのも一つでしょう。

初期はターゲットを絞り、ユースケース創出にフォーカスする(3)


大企業の組織内にSaaSスタートアップとの協業にモメンタムを作るためには、初期段階の適切なターゲット設定とユースケース創出が重要です。前者は、大企業の組織内にインパクトのある顧客との取組が重要だからです。後者は、ユースケース創出により、大企業の組織内部でSaaSプロダクトを担ぐイメージがつくからです。

まず、適切なターゲット設定です。ポイントは、「SaaSプロダクト導入までのスピード」と「大企業組織内部での知名度」の観点で、優先順位の高いターゲットを設定することです。前者の観点では、大企業との関係性の深さや、SaaSプロダクトが解決しようとする課題の切迫度等を考えるのが良いでしょう。

次に、ユースケース創出です。ターゲット顧客に対して実際に営業活動を行い、受注した場合には、実際にターゲット顧客がSaaSプロダクトを使い始めます。ここでポイントとなるのは、Phase1とPhase2の初期は焦らず導入は5社以内にとどめ、スタートアップと連携しながら、確実に成功事例を作ることです。

大企業のグループや業界全体に対して販売を拡大するためには、導入事例・成功事例が必要です。初期はスタートアップと一緒に顧客に向き合いながら、その成功事例を創るのです。これは、まだプロダクトやオペレーションが発展途中にスタートアップに対して、その基盤を固めるという側面もあります。

ここで数社の導入を成功と思い、一気に拡大すると、成功事例がないまま走ることになります。それ以上に恐ろしいのは、導入企業がSaaSプロダクトを使いこなすことが出来ず、結局解約されてしまい、努力が無駄になることです。逆説的ですが、スタートアップは急成長を目指すが故に、焦らず基盤を固める方が良いのです。

大企業との協業を進める上で重要なこと


実は、大企業の組織を動かすことは、非常に時間がかかります。相手方企業やプロダクトにもよりますが、上記のPhase2を実現するまで1年〜2年程度かかります。これはスタートアップの時間軸では、非常に長いです。

頻繁にスタートアップで発生するのが、「この時間軸を待てない」、という点です。また、それ以上に切実なのは、協業担当者は、この1年〜2年程度、一見すると「何もしていない」ように見えるため、経営者や同じ会社のメンバーからの評判が下がり、最終的に退職に至り、協業の種もなくなる、ということです。

大企業との協業において最も重要なことは、この1年〜2年継続的な取組にリソースを割く経営者の覚悟だと思います。特に、その協業担当者に関しては、初期の入社段階に成功体験を積ませたり、別の仕事も並行してアサインしたりする等のアプローチも必要です。

今回は、(2)と(3)において、大企業とのSaaSスタートアップの協業において起点となるSaaSプロダクトの販売を述べました。ただ、(1)に書きましたとおり、大企業とSaaSスタートアップとの協業は、その販売を起点に、大企業側で新たなビジネスが生まれる点がポイントです。次回は、この大企業とSaaSスタートアップとの協業の形態に関して検討しましょう。


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