
セルフメディケーション税制の現状と未来──制度の課題と拡充への提言
本稿では「セルフメディケーション税制」の現状と課題、将来の動向について記載します。なお、本制度の概要と趣旨、目的は上の前回(2/25)の記事をご参考ください。
セルフメディケーション税制の現状と課題
前回の記事でセルフメディケーション税制は医療費削減を目的としており、政府にとって重要な施策の一環であることを解説しました。しかし、セルフメディケーション税制(略称セルメデ税制)の利用者数は令和5年で4.9万人しかおらず、760万人弱が利用する医療費控除と比べて明らかに浸透が遅れています。
この浸透が遅れている要因のひとつとして、セルメデ税制の対象となる市販薬が限定されており、国民がメリットを感じられていないことがあると言われています。
セルメデ税制の課題に関する検討状況
この課題については以下資料のとおり、令和3年度税制改正において対象品目をスイッチOTC(医師から処方される医療用医薬品のうち、副作用が少なく安全性の高いものを市販薬に転用したもの)以外にも拡大することで対処されています。

今後はスイッチOTCの審査体制を柔軟にしてスピードを向上させ、セルメデ税制の対象品目数を増やしていくことが議論されています。
セルメデ税制の3つの弱点
ところでセルメデ税制の対象品目は、国民の有訴者数が多い症状(腰痛、関節痛、肩こり、風邪とアレルギーの諸症状)に対応する鎮痛、消炎剤、解熱鎮痛剤、鎮咳去痰剤、耳鼻科用剤などの薬効を持つ市販薬(=OTC)から選ばれています。
有訴者とは「病気やけが等で自覚症状のある者」を言います。厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、有訴者数が多いにも関わらず(病院や診療所に行かずに)OTCで対応した比率が比較的低い症状に当てはまるのが「鼻づまり、咳や痰、肩こり、関節痛、腰痛」となっています(以下のグラフ参照)。

つまり、厚生労働省の目論見は、セルメデ税制によってこれらの5症状に対応する特定の薬効を持つ市販薬の利用を促し、病院へ行く有訴者数を効率的に減らしたいことであると考えられます。

このような現行の制度設計を考慮すると、セルメデ税制には以下の3つの弱点があると言えるでしょう。
症状の網羅性が不足している:セルメデ税制のターゲットは「有訴者が多い5症状」に絞られていますが、この5症状の有訴者数が全体に対して占める割合は約37%(n=36,539、5症状の合計=13,491)にすぎず、残りの63%をカバーしていないことがまず第一の弱点として挙げられるでしょう。症状を限定する限り、利用シーンも限定的になることは避けられません。
節税メリットが小さい:最大200万円まで所得控除できる医療費控除は、所得税率20%、住民税率10%という前提で計算すると最大60万円までの節税効果を得られます。一方、セルフメディケーション税制は最大88,000円までしか所得控除できないので、同じ前提で計算しても節税効果は最大26,400円しかありません。家計調査年報(家計収支編)2023年によれば医薬品の年間支出金額は1世帯当り平均32,045円ですが、この中にセルメデ税制対象外の医薬品が多く含まれることで、そもそも利用できる条件を満たすのが難しいとも言えます。
ロコモティブシンドロームには必ずしも市販薬が有効とは言えない:腰痛や関節痛などの根本的な原因は筋力や柔軟性の低下と言われています。これらの症状に対して市販薬は対症療法を提供するに過ぎないとも考えられますので、市販薬で対処してもやっぱり病院へ行く、なんていうこともあり得るでしょう。セルフメディケーションに欠点があるというわけではなく、市販薬でできることには限界があるということです。
セルメデ税制のこれからを考える
以上をもとに私はセルメデ税制のあるべき姿を考察し、以下のように提言します。
セルメデ税制の対象薬効を劇的に拡大する:有訴者数の多い症状に限定するのではなく、いわゆる「ロングテール戦略」に則って(以下グラフのような)有訴者数の少ない症状も広くカバーする制度設計に変更することで、セルメデ税制の活用可能性を劇的に拡大できると考えられます。ただし、対象品目数も劇的に拡大する必要があるため、選定プロセスの効率化が重要になるでしょう。

本来的な意味でセルフメディケーションのインセンティブを作る:セルフメディケーションとは「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」であって、市販薬を買うことではありません。現行のセルメデ税制では市販薬を買うことにしかインセンティブが付かないのが根本的な弱点と言えるでしょう。医療費控除であれセルメデ税制であれ、1年間健康でいて市販薬も買わず病院も行かなかった人に対するメリットを何も提供しないのです。本来はそういう国民を増やしたいのがセルメデ税制の目的であるにもかかわらず、です。そこで、「医療費控除を使わずセルメデ税制を使った場合に一定の所得控除を設ける」「どちらも使わなかった場合にはさらに所得控除を増やす」というような制度設計によって、セルメデ税制はより本来的な目的に沿うものとなるのではないでしょうか。
ロコモティブシンドローム予防に資するサービス(フィットネス等)をセルメデ税制の対象にする:これこそが究極の解決策です。腰痛や関節痛を予防するための筋力や柔軟性向上のためには、日常的なトレーニングや運動習慣が重要であることは言うまでもありません。フィットネスクラブ費用をセルメデ税制の対象にすればあら不思議、利用者数は288万人(2024年12月の全国フィットネスクラブ会員数)になりました。問題は幽霊会員の存在ですが、こればっかりは「勿体ないのでジムに行きましょう」と呼びかけるしかなさそうです。フィットネスクラブに限らず、武道やスポーツ、乗馬クラブなどの費用も対象になっていきそうですが、スポーツ振興になるので、それはそれでいいと思います。スポーツが盛り上がって運動習慣が広まれば、次第に医療費が減って良い未来が待っているでしょう。
まとめ
セルフメディケーションに関しては、税制そのものよりも「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てする」という考え方が重要と言えるでしょう。
少子高齢化と人口減少のダブルパンチによって現行医療制度にも限界が来ており、「風邪をひいたら病院へ」「怪我をしたら病院へ」という古き良き時代は終わりを告げつつあります。
これからはひとりひとりが自身と周囲に気を配り、健康に関しても自立して生きていく時代と言えるでしょう。そうした人々が多くなれば、医療費は本当に必要な人たちのために使われるようになります。それこそが私たちが21世紀に目指すべき「ムダのない社会」と言えるのではないでしょうか。