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気がつけば人生100年時代

先日あげたプロフィール記事にこう書いた。

信長ではないが人生50年と考えてきたので、すでにアディショナルタイム。
いつこの人生が終わっても悔いが残らないようにしたいという考えだ。

人生50年、真剣にそう考えてきた。

50になったら老衰死する時代でないのは承知している。
とはいえ、50になったら死にたいという希死念慮があったわけでもない。
あえていうなら、50になったら死ななければならない、と思ってきた。

両親が祖父母の介護にあたる姿を見てそう思ったのが最初だ。
働き盛りの年代が親の世話で満足に働けない状況を見ていると、この国の経済が一方的に右肩下がりになっている理由も頷ける気がしたのだ。

子に自分の世話をさせるくらいなら、自分は50でこの世を去るべきだ――
いつしか人生50年というのが僕のポリシーとなり、50になるまでにできる限りのことをしておこうと考えてきた。
だから52になる今は、もうアディショナルタイムなのだと。

ただ、今逝っては孫の顔が拝めないではないか。
歴史人口学によれば、大正時代の日本人の平均寿命は43歳、明治時代は44歳、江戸時代は32~44歳という。
それほど早世なら江戸時代の初孫は今よりうんと早いのかと思えば、それは50代になるまで見られなかったというから、ほぼムリだ。
孫の顔を見られるのが現代の特権ということならば、やっぱり見たい。

ならばこの先、頭も身体も元気に過ごして、子に迷惑をかけないようにすることを考えなければ。
自分が心身ともに健康で、ポックリ逝く日まで元気でさえいれば、50で退場する必要なんてない。
もう少しがんばろう、か。

ところが、世はさらに先を行って、気がつけば人生100年時代。
昔は人生70年と聞き、さらに自ら50年と思っていたのに、ここにきて急に100年と聞くと、せっかくのがんばる決意もしぼみそう。
ポリシーの倍っていったい…信長さまぁー!

信長といえば、人間50年。
これは、信長が桶狭間に出陣する前に「人間五十年…」と幸若舞を舞ったことからきている。
確かに49歳で本能寺に散り、予言めいた潔さも感じるが、そうではない。
この舞は「…下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也」と続く。
下天とは、1日が人間界の50年に相当するとされる天上界のこと。
「人間の50年も天上界でいえばほんの一瞬の幻のようなもの」と信長は舞ったのだ。

そう思えば、途方もない人生100年も、下天ではたった2日。
それならがんばれる、かな。
瞬間瞬間をムダにせず、着実に生きていかねばね。

(2022/11/9記)

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