家にあった雑誌をすがる思いであさってみた
1984年もそろそろ暮れる、ある日曜日。
友達と5人で神戸三宮に映画を観に出かけた。
ふだん明石の中学に通う僕たちにとって、三宮は恐怖の場所だった。
明石しか知らないと三宮がマンハッタンに思え、ビルの陰から撃たれるのではないかと警戒しながら歩いたものだ。
極度の遠視で、映画など観ようものなら10分くらいで吐き気の渦に呑まれるのだが、なぜかその日は友達の誘いに応じた。
しかも「ゴーストバスターズ」「生徒諸君!」の豪華2本立て。
「生徒諸君!」は小泉今日子の初主演作品だが、松田聖子推しだったので、その日まで小泉今日子の存在を知らなかった。
友達からはキョンキョンやで!と誘われたのだろうが、何をキャンキャン言うとんくらいにしか聞こえなかったはずだ。
「ゴーストバスターズ」がお目当てなのに、まず「生徒諸君!」を観なければたどり着けない。
10分で吐き気の僕からしたら、まさに拷問だ。
「生徒諸君!」が始まった。
「生徒諸君!」が終わった。
キョンキョンに一撃でやられ、恋をした。
館内が明るくなってもしばらく動けなかった。
没入しすぎて、本当にキョンキョンが死んでしまったかのように泣いた。
ブザーが鳴り、「ゴーストバスターズ」が始まる。
もうそんなのどうでもよかった。
夜の暗いシーンが多いのをいいことに、僕はずっとキョンキョンの小さな愛くるしい笑顔を夢想していた。
ようやく我に返って「ゴーストバスターズ」のストーリーに入ったのは、マシュマロマンが登場するあたり。
エンディングまであとわずかのところだ。
2本終えて、トイレに駆け込むことを想定していたのに平気だった。
きっとこれが恋の力というものだろう。
三宮が夢の街のように思えた。
***
5人ともセンター街を夢見心地でホワホワ歩いていたに違いない。
お前ら、顔貸せや!
突然、見るからにヤバそうな複数のチンピラに絡まれた。
年の頃は二十歳くらいだろうか。
僕たちは一人ずつに引き離され、散り散りになった。
僕はもっともヤバそうなヤツに背中を押されながら、雑居ビルの汚い階段をひたすら屋上まで追い立てられた。
わかっとんやろな、カネ貸せや!
抵抗の無意味さを察知していたので、なけなしの千円札を出し解放された。
携帯もないのにどうやったのか、5人はまたセンター街で集まった。
全員巻き上げられたことは蒼白な顔が証明している。
やはり三宮は怖かった。
***
恐怖に震えながら家に帰った。
キョンキョン助けて…
家にあった雑誌をすがる思いであさってみたら、そこにキョンキョンが!
チンピラのことなど秒で一掃された。
恋の力、おそるべし。
(2022/4/16記)
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