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パリ食べ物日記③

心が曇り空の時に食べるもの

パリの11月は冗談じゃなく心が折れそうになる。
夜7時でも真昼間のように明るかった、あのちょっと前までの日々はどこへやら。
朝は9時を回らないと部屋が明るくならないし、夕方は5時を回る前に薄暗くなる。
日が極端に短くなるだけではない。
太陽そのものが姿を消したのではないかと思うほど灰色の空の下で 毎日が過ぎてゆく。
だからたまに午前中、日差しが窓から差し込むと私は太古の人々よろしく窓際に駆け寄って太陽を拝む。拝まずにはいられない。
ビタミンDをありがとうと!
そこで調子に乗って窓を開けると、早速手痛いしっぺ返しを食らうことになる。そう。うっと呻き声を上げたくなるような寒さである。
お天気でも、紅葉が残っていてもすでに冬。すでに3度しかないのである。
さあ。こんな日々の中で自分を元気付けてくれるものといったら食べ物しかない。
たかが食べ物。されど食べ物に勝るものなし。
人間なんて所詮そんなものである。
いつだってそうだった。もうこれ以上ここで頑張れないと挫けそうになった時、私が咄嗟にしたことは、神に祈ることでも誰かに電話をすることでもなく、角にあるブーランジュリーのほんのりと甘い生クリームでフレッシュな苺を包み込んだフレジエ、或いはマダガスカルのヴァニラを散らしたコクのあるクリームを覗かせる黄金色のミルフィーユを思い浮かべたのである。
そうやって、その場をしのぎながら不条理な世の中を生きてきた。そのくらい甘いものというのは不思議な力を持っている。

ご褒美としてのフレジエ
(Fraisier)

大きく切った大粒の苺がたくさん詰まった、仄かな甘さの生クリームが、芳ばしく焼いたピスタチオ入りのスポンジの上にたっぷりと載せられている。全体としては小ぶりで丸い形をしていて、デコレーションも上に載った真っ赤な苺がひときわ華やかだ。日本人ならあの懐かしい苺のショートケーキを連想してしまう味。このケーキは大抵パリのどこのパティスリーでも見つかる。自分へのご褒美にぴったりだ。

バッテリー切れの時の特大ミルフィーユ(millefeuille)

これを買うのに元気なときは多少のためらいがある。言うまでもなくカロリーの問題だ。
でもメンタルのバッテリーが紅く点滅するような日は、そんなためらいなんか何処かへ吹っ飛んで、ひとたびお店に足を踏み入れると口が勝手に「ミルフィーユ下さい」と言っている。
後は少しでも早くお家に帰り、とっておきのお茶かコーヒーを丁寧に(これが大事!)淹れるだけだ。それにしてもなぜ、ミルフィーユの中のヴァニラクリームというのはこれほど繊細で美味なのだろうか? これが、さくさくで少し苦みのあるバター生地でできた何層もの薄いレースの間で静かに私達を待っている。これを非日常と呼ばずしてなんと呼ぶ?
まさにその名の通り(正確にはミル・フォイユと発音)、 何層もの重なる葉に見立てたこのお菓子は見た目も味も芸術作品だ。

さあ。少しは心に光が差してきただろうか?
私達にどんよりとした冬の空の色は変えられないけれど、心の色ならこうして簡単に変えられる。というわけで菓子活万歳!









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