後悔は先に立たない【百合小説】
ずっと通っていたラーメン屋があった
「あ~今日も美味しい!!」
つるんと麺を食べ、スープを飲み干すと京子はどんぶりを置いた。
麺はもちろんのこと、今まで感じたことのない澄んだスープと、
美味しい煮卵。どれをとっても京子のお気に入りだった。
残業続きの仕事でも、職場近くにあるこの店にくることが楽しみだった。立地の関係からか、やっぱりラーメン屋だからからか、男性客が多かったけれど、京子は臆することなく通い続けた。
そして夏からもう一つ、お気に入りがあった。
「いらっしゃいまっせ~!あ、京子さん!お疲れ様です☆」
疲れた身体を引きずって扉を開けると、爽やかな波留の声が響く。
アルバイトの彼女はいつも可愛い柄の三角巾で髪の毛を覆い、店長とお揃いのエプロンをしている。
すらりと伸びた脚に、ダメージジーンズがよく似合っていた。
「こんばんは、波留ちゃん。いつものラーメンと煮卵トッピングください」
「かしこまりました~☆」
カウンター席に座りながら声をかけると、水を持ってきてくれた波留ちゃんは元気に返事をするとさらさらとメモを書いて店長に渡しに行った。数分後、ラーメンを二つ運んできた彼女は隣に座るとエプロンを取ってくしゃっと隣に置いた。
「休憩??」
割りばしを割りながら京子は横目で彼女を見た。
頷く彼女の長いまつげがきらきら光って見える。
まつげだけじゃなかった。いつしか京子には世界が輝いて見えた。
京子はぷるぷると頭を振ると、いつものようにレンゲで一口スープを飲む。
綺麗なスープが疲れた身体に染みわたっていくようだった。
それからも時折、つかの間の『2人の時間は続いた』
お店で会うだけの、お客さんが少ない時だけの、
穏やかな時間だった。
仕事が在宅ワークになって、どのくらいだろうか。
お店も休業にはいって、1か月、2か月と過ぎていった。
あの味が食べたいと思っても、今は食べることができない。
もう少しの我慢。
また並んでカウンターに座りたいな、なんて思っても、
今は会うことができない。
まだ、我慢しなくちゃ。
家族が亡くなっても、亡骸にも会えなかったんです。
ニュースで見る情勢は、明るいバラエティ番組と違い
悲痛な情報ばかりが流れている。
祖母と住む私が、外仕事もないのにおいそれと1時間以上もかかる都内の店に行くことはなかなかに難しいことだった。
連絡先を聞いておけばよかったな、なんて後悔した。
3か月たって、4か月たってようやく一時出社が叶ったときには
それこそ本当に後の祭りだった。
仕事を終わらせて『ランチには間に合うかもしれない』とか、
『今流行りのテイクアウトとかやってないかな』と心を躍らせて店の前にたどり着くと、閉められたシャッターには”閉店しました”の文字が悲しげに風に揺れている。
屋根の角には蜘蛛が立派なレースを編み、弱肉強食の世の中の縮図を見せられた気がした。