記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「CHALLENGERS チャレンジャーズ」"男と女と男"のラブゲーム観戦ポイント!?

*完全なネタバレはありませんが、所々で映画のディテイルに関する描写がありますので、全く前情報なしで映画を鑑賞したい方は読むのをお避け下さい。
*私は脚本を読んだり、映画の関連動画を視聴し、様々な記事や観客のコメントを参考にして本記事を書いていますので、実際の映画との差異がある可能性があることをご了承ください。


作品紹介

「Call Me By Your Name 君の名前で僕を呼んで」ルカ・グァダニーノ監督の新作「Challengers チャレンジャーズ」が全米公開され、興行収入ランキング1位の好スタートを切って話題になっています。

海外版予告

日本版予告

「若きハリウッドスターゼンデイヤを主演に迎えて贈る本作は、2人の男を同時に愛するテニス界の元スター選手と、彼女の虜になった親友同士の2人の男子テニスプレイヤーの10年以上の長きに渡る衝撃の<愛>の物語。 これまで様々な“愛”の形を表現してきたルカ監督。本作では一体どのような“愛”を描き出すのか――」(日本版公式サイトより)

あらすじ
人気と実力を兼ね備えたタシ・ダンカン(ゼンデイヤ)は、絶対的な存在としてテニス界で大きな注目を集めていた。しかし、試合中の大怪我で、突如、選手生命が断たれてしまう――。選手としての未来を失ってしまったタシだったが、新たな生きがいを見出す。それは、彼女に惹かれ、虜となった親友同士の2人の男子テニスプレイヤーを愛すること。だが、その“愛”は、10年以上の長きに渡る彼女にとっての新たな<ゲーム>だった。はたして、彼女がたどり着く結末とは――。

日本版公式サイトより

なんだかこのあらすじだけ読んでいると、タシだけが物語の中心で、男二人はその従属物的な感じに思えます。
実際今の所、公式が出しているキャラクター紹介動画もタシのものだけ。

たぶん若者に人気のあるゼンデイヤを、日本でも強く売り出したい=新たなスターを作り上げたい…という思惑なんかがあるのかな?と私は邪推。

しかし、この映画が海外で盛り上がっている理由、海外掲示板なんかを見ていると、主要3キャラクターによるパワーバランスの変化駆け引き彼らの真意がどこにあるのか?それを色々深掘りできる作りになっているところのよう。「エッ?このキャラは本当は誰が好きなの?」「いつから好きなの?」「そもそも好きなのか?」などなど色んな考察が出来るのでリピーターも続出。さらにキャラ同士のやり取りもインパクトが強く、今の時代、ネットミームになりそうな印象に残る巧みな場面作りも話題になっている(「君の名前…」でのアプリコットのように、今回はチュロスが話題に!)。

私は最初にルカ・グァダニーノ監督がこの映画を撮ると小耳にはさんだ時、なんだかコケそう…とまでは言わないまでもあんまりパッとしないで終わりそうな悪い予感がしていました。なぜなら「君の名前で僕を呼んで」のようなロマンチックな物語でもなさそうだし、ああいう路線を世界は期待してるんじゃないの?…と思っていたので。
しかしよくよく考えたら、その前の「胸騒ぎのシチリア」などの”欲望の三部作”なんかがあったことを思い返すと、あ~この監督はこういう路線こそが本来の得意分野。「君の名前で…」の方がある意味イレギュラーであり、これこそがこの監督の真骨頂、その実力を存分に発揮した作品なんだなと納得。

そして、その監督のスタイルを世界が理解し、それをわかった上で楽しんでいるという…監督にとっても観客にとってもWIN-WINな状態が出来ていて、いや~良かったね~と思わざるを得ない。果たして日本の観客は、このルカ・グァダニーノ節全開の今作をどこまで受け入れ楽しむことができるのか?興味あります。(日本の文化に対する許容性の低下を感じる昨今、ちょっと難しいかも?と思わなくもない)


キャラクター紹介

この映画、ほぼほぼ主要3キャラしか出てきません。

Tashi Duncan タシ・ダンカン(ゼンデイヤ)
Patrick Zweig パトリック・ツヴァイグ(ジョッシュ・オコナ―)
Art Donaldson アート・ドナルドソン(マイク・ファイスト)

彼らのことをザックリ紹介。

Tashi Dunkan タシ・ダンカン (演:ゼンデイヤ)

©MGM/Courtesy Everett Collection

黒人女性。テニス界のトッププロであるアート・ドナルドソンのコーチ&妻。

ジュニア時代
:絶対的な強さを誇り、全豪ジュニアで優勝。全米ジュニアでも圧倒的な強さで優勝するところをパトリックとアートは目撃する。
その夜のパーティーで男子ジュニアダブルスで優勝したパトリックとアートと出会う(←これがこの三角関係の全ての始まり)。

テニスの才能&ルックスの良さ=自信満々の人物。
ジュニアながらナイキ(映画内ではアディダス)とのスポンサー契約、自身のファッションライン、栄養食品、基金などを既に持つほど、テニスというスポーツの未来を背負っていると言われるほどのプチ・セレブ状態。

すぐにでもプロになってグランドスラムを優勝してもおかしくない実力がありながらも大学に進学する予定→テニスしかないと将来不安なので学歴も必要と考えている=頭脳と堅実性も持っている。

大学時代:"Dunkanator"(ターミネーターをモジってる?)とニックネームが付けられるほど恐れられているほど強かったが…。ある試合で足を骨折。それが理由でプロ選手としての夢が絶たれる。

その後~現在:アートのコーチになり(のちに結婚&娘リリーがいる)、それまでパッとしなかった彼を一流の選手として成長させる。トップ選手になったアートはグランドスラムを6回優勝(全豪、全英、全仏を各二回ずつ)。全てのGSを制覇してキャリア・グランドスラムを達成するには最後に自国の全米オープンを残すという状況。

タシはアートを通して自分のテニス選手として叶えられなかった夢を叶えているという側面がある。アートは彼女に従順。全て彼女が仕切っている。所謂コーチ兼プロデユーサー。二人はテニス界のパワーカップル。

Art Donaldson アート・ドナルドソン(演マイク・ファイスト)

©MGM/Courtesy Everett Collection

タシの夫で、現在GS6度制覇のトッププロ。WASP。グッド・ルッキング(という脚本上の設定)。

ジュニア時代:テニスアカデミー?で一緒の寮生だったパトリックと組んで全米ジュニア・ダブルスで優勝。(翌日にこの二人でのシングルス決勝を控える)
二人のあだ名は”Fire and Ice”。アート本人はFireの方だと思っているが、プレースタイルは冷静&正確なショットで周りからはIceだと思われている。

この時の二人のパワーバランスはパトリックが上。シングルス決勝前の二人の会話においても、期待している祖母の為に勝ちを譲ってくれないか?とアートが頼むほど、二人の間ではパトリックが常勝していた。

タシに最初に興味を持っていたのもパトリック。アートは彼について行ってタシを見てからゾッコンになる。

寮時代、初めてのマスターベーションをパトリックから教えて貰ったという過去がある。パトリックがしているところを目撃したのがきっかけ。ここでも彼は従属的。映画を通してほぼ従属的な人物として描かれている。

大学時代:タシと同じスタンフォード大学に進学。しかしそこまで注目されるほどの選手ではなかったが、タシがコーチになることでどんどん才能が開花していく。

プロ転向後~現在:トッププロになりGS6度優勝。キャリアスラム達成には残すところ自国の全米オープンのみ。
しかし30歳を超えピークを過ぎスランプ状態&ケガ後の復帰試合では若手選手にも負け、さらなる自信喪失に陥っている。引退も考え始めている。

全米を目前に控え、開催される限られた大会の中で、なんとか自信回復を狙ってタシが下部のチャレンジャー大会にエントリーする。そこで因縁の相手であるパトリックと決勝で対戦することに…。


Patrick Zweig パトリック・ツヴァイグ
(演ジョッシュ・オコナ―)

Photo Credit: Metro-Goldwyn-Mayer

男子テニス界で201位の選手。ユダヤ系(脚本上の設定)。

ジュニア時代:アートと一緒に全米ジュニアでダブルス優勝&シングルスも優勝するほどの人物。才能のかたまり。二人のニックネーム”Fire and Ice”のFireの方だと思われている。クレイジーだと自分でも言うほど豪快、大胆不敵、自由奔放。プレースタイルも独特のサーブやセオリー無視の本能でやるタイプ。

シングルスの決勝でも特に勝ちに執着はない。ジュニアで優勝してもプロで活躍するとは限らないからと案外冷めている。

学生時代:パトリックは大学進学せずにジュニアからすぐプロに転身。タシ&アートとは別に一人でツアーを回る生活を送る。しかし彼らがいるスタンフォード大学を訪れた時にタシが骨折するという事件が起こる。それ以降は二人ともと疎遠になる。

その後~現在:タシとアートがテニス界のパワーカップルになっていく一方、パトリックはその才能を発揮できないまま万年二流選手止まりで30歳を超える。(←この辺りの理由にも伏線があります)

ホテル代を払えないくらいギリギリの生活をしながらツアーの下部大会を中心に回っている(←下部大会しか出れない)。才能は未だにあると信じているが…努力はしていない。

ウェアのスポンサーもおらず、上下バラバラの寄せ集めのウェアを着ている状態。

独身。デート・アプリで適当な相手と遊んでいる。それで知り合った女性の所に泊まらせてもらったりしている。

アートのように自信回復を狙ってとかではなく、日銭を稼がないといけないのでいつものようにチャレンジャー大会にエントリーしたら、因縁の相手であるアートも出場していた…と言う状況。

映画の構造

映画の構造としては、現在行われているテニスの試合(パトリックとアートが対決するチャレンジャー大会の決勝)がベースにあります。
その試合の進行と3人の関係がシンクロして描かれて行きます。

テニスの試合は基本3セット(先に2セット先取した方が勝ち)。

第1セット=パトリックが優勢で先にセットを先取する。
ここで過去にさかのぼり、3人の出会いから先にパトリックがタシと付き合い、男二人のタシを巡る戦いにおいてもパトリックが先行していたというエピソードを同時進行で紹介していく。

第2セット=今度はアートが巻き返してセットを奪取する。
ここではタシとパトリックが別れ、ケガをしたタシを支えて生きがいを与え、今度はアートが三角関係においても巻き返していった模様を、これまた同時進行で描いていく。

第3(最終)セット=一進一退の攻防が繰り広げられる。試合はタイブレークに突入する(7ポイント先取)。
数年前のタシとパトリックの再会や、今大会前の3人の状況、会話などが挿入されていく。複雑に絡み合ったパワーバランスの変化、そしてそれが現在行われている試合に与えるインパクト。パトリックが示した”トリック”がどう試合を左右するのか?などなど。

試合の盛り上がりと共に3人の関係の行く末も気になる展開で、観客をグイグイ最後まで引っ張っていく…と言う感じになっています。

チャレンジャーズ

タイトルである「チャレンジャーズ」とはテニスのチャレンジャー大会のことであり、挑戦者達という意味も含むダブル・ミーニング(だと思う)。

まず簡単にチャレンジャー大会について。

プロテニスの世界は下の図のように、グランドスラム(以下GS)を頂点に大会ごとにグレード分けがなされています。

tennis.jpより参照

この図を見たらわかる通り、チャレンジャー大会はATP(男子プロテニス協会=テニスの世界ツアーにおける興行主と言う感じ)の公式戦の下部大会。
(ちなみにWTA女子プロテニスは別組織で、共催の大きい大会以外は別にスポンサーを集めて女子の大会を開いている)

この線引きを境に賞金額とかがグンと変わってくる。
この線引きをランキングに当てはめると、大体世界ランク100位前後が目安。100以内だとなんとか250以上の公式戦に出れるかどうか…といったところ。(ちなみにGSは128ドローあるので、欠場者とかがいると130位くらいまでは出場できたりする)

で、この映画のようにトッププロのアートと201位のパトリックが対戦するようなことがあるのか?というと、そういうことはほぼ無い。

トッププロでもGSを複数回獲ったことのあるような選手は自信を取り戻したいというだけの理由でチャレンジャーに出たりはしない。長期離脱でランキングがかなり下がっているという場合でも、復帰後数大会は故障前のランキングを考慮して上位の大会に出場できる仕組みもある(プロテクト・ランキング・システム)。そこでポイントを獲得できれば下部大会のドサ回りをしなくても100位以内ぐらいはキープできるから。

よっぽど深刻なスランプが長期に渡っているとかならチャレンジャーに出場するのも必要だけれど、ちょっと自信回復の為程度では逆に彼らのチャンスを奪うわけで顰蹙ものとして批判されてもおかしくない。主催者はビッグ・ネームが来てくれたら盛り上がるだろうから喜ぶかもしれないけど、想定以上のファンが押しかけて問題が発生したりセキュリティの問題もあるだろうし一長一短かも。

ということで、201位のパトリックと対戦させるためとはいえ、この設定はいささか無理がある…と私個人的には思います。
それに腐ってもGS優勝経験者が万年200位の選手と対戦して下剋上が起こる可能性もかなり低い。150位くらいまでなら勢いでたまに下剋上が起こることもありますが、200位の選手とは明らかに技術や試合運びの巧みさ、状況への対応力で歴然とした差がある。

なのでこの映画のこの部分はかなり現実離れしている。ここにこだわっていると物語を楽しめないので、そこは無視するように心掛けましょう(笑)。

次にチャレンジャーズ=”挑戦者達”の方。
ここでの”挑戦者達”とはタシの愛を勝ち取らんとする二人の挑戦者達、パトリックとアート…と言うのが表層的な意味合いだとは思います。

しかし男二人を利用して自分の夢を叶えたり、自分のゲームに対する熱い情熱、パッションを取り戻したいと願うタシの挑戦…とも考えられる風にもなっている。

さらにはタシの愛を勝ち取らんとするように見せかけて、本当に男二人が勝ち取りたかったのは?…別のものだったのでは?意識的にか、無意識にか、彼らがその壁を乗り越えることこそが彼らの挑戦だったのでは?という含みもある。

各キャラが全員挑戦者であり、誰に対して?何に挑戦しているのか?…を考えるのも楽しい作りになっている。ここで色々考察できるからこそ、リピーター続出の人気作になっているようです。

観戦(鑑賞)ポイント!?

この映画を鑑賞するポイントと言いますか、映画内で繰り広げられる試合と心理戦の観戦ポイントと言いますか、それをいくつか挙げてみたいと思います。(あくまで私の考える所ですが…😅)

1:3人の攻防

基本である男二人がタシを取り合おうとする攻防を楽しむ。
お互い相手を出し抜こうとしたり、相手の頭に疑念を植え付けようとしたり、マインドゲームを繰り広げる。

そしてタシも、そんな彼らを自分の楽しみのためにどう利用しようとしているのか?どうマニピュレート:操ろうとしているのか?そこを考えるのも面白い。

パトリックはタシと同等でいたい。できれば主導権は自分がとりたいタイプ。
アートはタシに従順になることでタシの欲しいものを与えて近づくことに成功する。
全く違うアプローチをしながら、果たしてタシが本当に惹かれるのはどちらのタイプか?

ぶっちゃっけ現在目の前で繰り広げられてるテニスの攻防なんてオマケであり、本当の攻防はコチラの方。三者三様の欲望の行く末を見守るのが観戦ポイント。

果たして彼らが欲しいのは誰の愛なのか?いや本当に欲しいのは徐々に失ってきたテニスへの愛なのでは!?

面白いのは、彼らは相手が何か仕掛けてきているのを承知しているし、それを「来たな~」と楽しんでる節もある。つまり挑戦すること、挑戦されること、どちらも楽しんでいる。皆根っからのCompetitor(競技者 挑戦者)なんですね。恋愛も自分を熱くさせることこそが最優先事項。倫理観なんか二の次w。

これだけでもいろいろ考えられて普通に面白そうです。

あと、映画全編で繰り広げられるセクシャル・テンション。これにアテられて、映画鑑賞後、家に帰って彼女と、彼氏と、速攻ベッドに突入したよ!!なんて意見もありました(笑)。倦怠期のカップルのカンフル剤になるかもしれません!!www

2:クィア・コーディング

次にクィア・コーディング。
この映画、脚本を読んだ限りではそこまでゲイ要素(クィア・コーディング)は感じなかったんです。脚本家のJustin Kuritzkes ジャスティン・クリツケスもクィアではないし。タシとパトリックの関係、やり取りにより焦点が当たってる感じでした。

しかし監督にルカ・グァダニーノが就いたことでグンとゲイっぽさがマシマシになっている。(今更ですがグァダニーノ監督はゲイです)

話題になってるのはこのパトリックとアートがチュロスを食べるシーン。

これ、元の脚本では外の芝生の上でチュロスを食べるぐらいしか書かれていない。しかしこんなにもゲイゲイしいシーンになってますw。

驚くことにこのシーン、俳優たちのアドリブ演技なんだそう。完全に二人の間のホモエロティックな部分と男友達間の過剰な親密さとのギリギリで絶妙なラインを理解して計算していないとできない演技。

ここでのチュロスのインパクトの強烈さから、「チュロスは新しいアプリコット」と呼ばれるほどに。(アプリコットは「君の名前で僕を呼んで」における最もインパクトのあった(エロ)アイテム

チュロスはいわゆる男根のメタファーです。
チュロス以外にもこの二人でホットドッグを食べてたり、パトリックがアートに向かって意味深にバナナを見せつけたり、そういう男根メタファーが散りばめられてたりする。

アートの雰囲気がクローゼット・ゲイっぽいという意見があったり、パトリックのデート・アプリには女性だけでなく男性の写真も紛れ込んでいたりもする。

先述したマスターベーションのエピソードも脚本には無かったと思うし、ジュニア時代のホテルでの3人のキスが行きつくところも映画になってから加えられた部分のよう。とにかくグァダニーノの監督によってゲイ要素を強く打ち出してきたことによって、単純なタシを頂点にして男二人が取り合うという三角関係から、より三者が等しいバランスで全方向に矢印が向いて駆け引きを仕掛け合う多角的で複雑な関係になり、面白さもアップグレードされてる印象。

ただチュロスシーンは結構あからさまだけど(苦笑)、それ以外はそこまではっきりと直接的には描かれていなかったり、描かれていてもおバカなティーンがノリでやってる感でギリギリ済みそうにしていたり。なので監督がどういう風にクィア・コーディングを仕込んでいるのかを見つけてニヤニヤする…それもこの映画の一つの楽しみ方。

3:シンボリズム

映画内で表現されてるシンボリズムを見つけること、見つけてその意味を考えることもこの映画の楽しみ方のひとつ。

まず一番わかりやすいのは、二人の男がボールを打ち合い、そのボールがあっちに行きこっちに行きというテニスというスポーツがそのまま三人の関係になっている。タシが謂わばボールであり、両者間を行き来するわけですから。

そのボール(タシ)があるからゲームは成立するわけで、ボールが無いとそもそも試合が始まらない。二人の男が熱くなれる、生きてる実感を得られる、試合を通してお互いのことを深く理解し合うのも、全てはボールがあるからこそ…そう考えるとこの映画における”テニス”という競技の意味が深い!!

それとタシはまさしく”トロフィー・ワイフ🏆”そのもの。
男子テニス選手、最近はBIG3が幼馴染とかと結婚することが多かったので印象は薄れましたが、以前はモデルとか女優とか、トロフィーワイフを持つ傾向が強かったんです。

次に二人のあだ名の”Fire and Ice”。
これは二人の性格プレースタイルを象徴している。
しかし映画内ではFireのはずのパトリックが青系の服を着て、Iceのはずのアートが赤系の服を着ていたり、アートは自分自身をFireだと思っていたり、実は簡単に当て嵌まらないようにもなっている。そこにどういう意味があるのかを考えるのも興味深い。

さらには”Fire and Ice”というのはアメリカの詩人ロバート・フロストの詩「Fire and Ice」から来ていると考えると、Fireは欲望Iceは嫌悪の意味があるらしい。この物語における各キャラの欲望と嫌悪がどう表現されているかを考えてみるのも一興。

ちなみにタシとアートの娘リリーが「Frozen アナと雪の女王」を観たいと言ったりして、細かい小ネタもあったりするw。(このリリーが”どちらの子”論争もあります😅)

映画内で表現されてるかは不明ですが、脚本には彼らの属性が書かれていた。タシ=黒人、アート=WASP(白人)、パトリック(ユダヤ系)と。
これはアメリカ社会における影響力の強い三つの人種を投影しているように思える。彼らが主導権を獲ろうと戦う…アメリカ社会への風刺的なものもあるのかもしれません。

あとタシが身に着けているネックレス。これはカルティエトリニティ・リングというものらしく、ピンクゴールド、イエローゴールド、ホワイトゴールドの3連の輪が重なったもの。これを主役3人を表しているという指摘もある。映画で出てくるアイテムにどういう意味があるのかを読み解くのも面白い。

ラケットのスロート部分(ガットと持ち手の間にある三角形の部分)は三角形だからそのものズバリ三人の三角関係を意味しているのは勿論、そこにボールを当てるサインがセックスをしたことを意味するのも、三角形の穴が女性器を象徴している…なんて意見もありました。

あと登場人物が着る服にも意味が込められている。一番印象に残るのは「I TOLD YA」(「だからそう言っただろ?」的な意味)とデカデカと書かれたTシャツ。(ちなみにロエベのものだそう)このTシャツ、最初はタシが着ていたのをパトリックが着るようになる=着る人が変わる。

そもそもオリジナルはJFK.Jrが着ていたものだそう。父親のケネディ大統領が「I told you so」と書かれたバッジを就任式に付けていたらしく(←この辺の流れは調べ切れていない。「私が当選すると言ったでしょ?」的な感じなのかな)それを息子のJFK.jrがデカデカと書かれたTシャツを、洒落っ気なのか、無頓着な悪ふざけなのか、その辺のJFK.jrが持っていた昔の大金持ち故の鷹揚さをパトリックのキャラに重ねて衣装を用意したんだとか。
(パトリックは貧乏設定だけど、そもそもジュニアでテニスアカデミーに入れるということは親が金持ち、さらにユダヤ系だと考えるとこれまた金は持ってそうな背景がある…という指摘もありました)

掲示板の考察では、ケネディ家というアメリカのロイヤルファミリーのような存在を連想させることで、それを着ている人物がパワーを持っていることの象徴として使われているのでは?と言われてました。タシからパトリックに着る人物が変わる=パワーバランスも変化しているという感じでしょうか?この辺りも注目してみると面白いかも。

あとパーティでアートが着ていたシャツを、後のホテル飲み会ではパトリックが着ているなんてこともあるそう。この辺りも深読みできそうな要素がいっぱい散りばめられているようです。

監督や小道具、衣装担当までが何かしら意味を込めているシンボリズムやメタファー。それらを読み解くことで三者の思考や場面の意味をより深く理解できる手助けになる可能性があるので、ここも注目ポイントでしょうね。

4:現実世界からの引用探し

この映画、脚本家のJustin Kuritzkes ジャスティン・クリツケス2018年の全米オープン女子決勝セレナ・ウィリアムズVS大坂なおみ戦を見て、なんて映画的な瞬間なんだろう…と思ったところからインスピレーションを受けて書かれたという経緯があります。
インタビューでも語っています。↓

これですね。伝説の決勝。

私も数か月前にたまたま観直していたんだけど、本当に色んな意味で面白い試合。確かに映画的というか、事実は小説より奇なり、ノンフィクションがフィクションを上回る瞬間という感じ。

大坂選手が完全にセレナを凌駕して面白いほどにポイントを重ねるさまも爽快だし、セレナのキレ具合もキレればキレるほど面白いというか(他人事だからw)、よりアグリーな事態にエスカレートしていく、エエゾ!もっとやれ!みたいなワクワク感もあったり(←性悪w)。
そしてトロフィー授与の時、泣きながら観客に謝り、セレナには感謝する大坂選手。それを見たセレナも「なんじゃこの子は?」みたいになるw。自分を負かしてやろうという血気盛んな生意気な若手だと思ったら、そんなところは皆無の超謙虚な人物で逆に戸惑ってる感じ。しかし女王セレナは自分がそもそもカオスの発端なのに、「ブーイングは止めて!なおみを祝福しましょう!」と仕切りだす。優等生になることでパワーを取り戻そうとする…どこまでもパワーを欲する貪欲さ。それが女王たる所以とも言える。パワーゲーム、人間ドラマがこんなに詰まった瞬間はそうそうない。
二人のプレースタイルは豪打中心のパワーテニスで似てるんだけど、どんどん熱くなるセレナに対して、始終自分のプレーに集中して冷静に淡々とプレーを続ける大坂選手。まさにFire and Iceの様相なのも面白い。

この試合はただテニスに関する脚本を書こうというインスピレーションに留まり、実際に映画内でこの試合からの引用らしき部分はないようです。

ただ、いろんなところで実際にテニス界で起きていたことを薄っすら下敷きにしてそう…という点は散見されます。

私が一番気になったのは、タシ&アートはフェデラー夫妻!?ということ。

タシとアートに薄っすらフェデラー夫妻の投影があるんですよね。
フェデラーも若い時は才能はあるけど今ひとつ殻を破れない状態だった選手。妻のミルカさんと付き合い始めた頃から変わり始め、レジェンドへの道を歩むことになりました。

ひとつのGSをなかなか獲れないという設定も、フェデラーが全仏をなかなか獲れなかったことと被ります。

さらにこの考えを補強するのがアートが着ているテニスウェア、ラケット、シューズなど。全てフェデラーと同じなんです。
脚本ではナイキとしか書かれていませんでした。昔はフェデラーも全身ナイキ。しかし実際の映画では錦織選手とフェデラーしか契約していない希少ブランドであるユニクロのウェア、ラケットもフェデラーと一緒のウィルソン、シューズも、フェデラーは長年愛用していたナイキからキャリア末期に新興スイスブランドで自身も開発に関わったと言われる”ON”に変更していて、それをアートは履いている(ウェアとラケットだけなら錦織選手も被りますがシューズが決め手)。この組み合わせはフェデラー以外には存在していないのです。

そして対戦するパトリックはスポンサー契約もなくブランド寄せ集めウェアですが、着ているのは派手な模様のノースリーブシャツ。これはフェデラーの永遠のライバルであったナダルが着ていたウェアを彷彿とさせるようなものになっている。

そしてこのフェデラーとナダルというテニス界で最も有名なライバル(少なくとも過去20年で)。キャリア初期は周りが煽ってライバル関係=険悪な関係という雰囲気もなんとなくありましたが(主にファンやメディアによるもの)、何度も対戦を重ね、伝説的な試合をしたもの同士、お互いへのリスペクトも高まり、どんどん絆が強くなっていった。お互いのホームタウンを訪れたり、チームイベントでダブルスを組んだり、まさにファンからはその仲の良さから”ブロマンス”を囁かれるほど好意的に捉えられるまでに発展しました。

笑いのツボにはまったフェデラーのこの動画は有名。二人の良好な関係が伺えます。

そして映画内でパトリックとアートが勝利後に飛びつく抱擁は、このフェデラーとナダルの抱擁を思い起こします。↓
(抱きつくのはよくあるけど、こんな風に担ぎ上げるみたいなのはそんなにない)


優勝後に寝ている相手に上から覆いかぶさって抱擁する場面は、フェデラーと同じスイスの弟分であるワウリンカ(こちらともブロマンスと呼ばれていたことあり)と一緒にオリンピックで金メダルを獲った時の抱擁を思い起こします。9:30辺り↓

アートがフェデラーでパトリックがナダルからインスピレーションを受けて作られたキャラっぽいと言っても、二人がフェデラー夫人であるミルカさんを取り合っていたなんてことは一切ないのですけどね…😅。

それにパトリックの役作りとして参考にしたのはオーストラリアの悪童ことニック・キリオスだとジョッシュ・オコナ―も言っていたので、いろんな現実のテニス選手の要素を取り入れてキャラを作っているのでしょう。あからさまな特定の人物だと問題があった時に面倒ですし😅。フェデラーはいいのかって?あの夫妻はプラダを着た悪魔アナ・ウインターとも仲良しだし、そんなこと気にするタマじゃない。むしろ楽しむタイプ。金持ちケンカせずw。

こんな感じで実際のテニス選手たちや、過去の色々な場面を知っていたら、映画内でインスピレーションやオマージュになっていそうな場面が散りばめられているので、それを見つけてはニヤニヤできる…そんな楽しみ方もあるんですね。

私はテニス観戦歴30年以上なので、これはアレかな?あの選手のイメージかな?とか考えていっぱい楽しめそうだなと思っております(笑)。


あと個人的に面白いと思ったことをもう一つ。
前述した脚本家のJustin Kuritzkes ジャスティン・クリツケス。
彼はこの動画↓が流行って有名になった人物らしい。

で、劇作家としては実績があるけど映画の脚本家としては今作がデビューのよう。それで高評価を得られて、次もグァダニーノ監督の新作「Queer」だそうで、スター脚本家街道を歩み始めたという感じでしょうか?

そんな彼の妻がCeline Song セリーヌ・ソン。今年のアカデミー賞でオリジナル脚本賞にノミネートされた「パスト ライブス/再会」の脚本家。
脚本家界では彼女の方が先に評価されているというわけです。彼女がクリツケスにどんなアドバイスをしているのかはわかりませんが、奥さんの方が先行して評価されているという点は映画内のタシとアートの状況とちょっと似ているんですよね。先に映画界のグランドスラム、アカデミー賞を獲るのはどちらなのか?気になる所ですw。

最後に、タイトルに使った「男と女のラブゲーム」の動画も貼っておきますwww。(久々に聴いて、頭の中をぐるぐる回っているのでw)
CMで歌っていた武田鉄矢&芦川よしみバージョン。一応こっちが本家なのかな?

私はこっちも好きです。日野美歌&葵司朗バージョン。最後にちょっとサルサっぽい振付けがあったんだと再発見しましたw。

ゼンデイヤとジョッシュ・オコナ―、マイク・ファイストのトリオがプロモーション来日して「男と女のラブゲーム」を歌ってくれたら…もう何も思い残すことなく死ねる気がしますwww(←絶対しないし)。


映画「Challengers チャレンジャーズ」は6月7日(金)全国公開!!
ちょうど全仏オープン決勝(6/9)の週末直前。今年はナダルのラストイヤー(になると言われている)。この週末まで彼が勝ち残っているのか?気になりますし、ここから一ヶ月、6月末のウインブルドンまではテニスが最も熱い季節。映画と一緒に?現実のテニスと一緒に?両方楽しみましょう!!
(まるで映画宣伝部みたいな文章。超無関係者ですwww😅)


私のルカ・グァダニーノ監督作品に関する他の記事はコチラ。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集