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コルマール国際音楽祭で、ミシュラン星付きシェフの料理で『展覧会の絵』を聴く

7月5日に始まったフランス東部、コルマールの「コルマール国際音楽祭」。
パンデミックで中断を余儀なくされていましたが、今年からブリュッセル・モネ歌劇場の指揮者アラン・アルティノグリュを音楽監督に迎え、一新して開催されています。

ミシュラン星付きシェフのイマジネーションによる『展覧会の絵』

この日のコンサートでは、第二部で全く新しい試みがなされました。
いつもより短い休憩の後、皆が席に着いた時点で、客席に一口料理が入ったボックスが配られました。オーケストラの演奏中、特定の楽曲(楽章)の演奏中に食するという試みです。

小さなオーケストラの演奏できちんとテーブルについてのディナーショーというのはありますが、大オーケストラの演奏で、しかも教会*という会場でのこのようなコンサートは初めて。お料理を提供するのは、ミシュランガイドで星をとっているエリック・ジラルダン Eric Girardin。彼はコルマールの5つ星ホテル「ラ・メゾン・デ・テット La Maison des Têtes」で「レストラン・ジラルダン Restaurant Girardin」を経営しています。

カーテンコールでのジラルダン氏
photo : Victoria Okada


ジラルダンは、ムソルグスキー作曲ラヴェル編曲の『展覧会の絵』から4曲を選んで、コースディナーに仕立てました。そして、それぞれの「絵」(視覚)の演奏中(聴覚)に、シェフのイマジネーションから湧き出たお料理を味わってもらおう(味覚)という趣向です。見た目も美しく(視覚)、ボックスを開けた時の香りも芳しく(嗅覚)、小さなお皿を持つ感覚(触覚)も楽しみの一つとなりました。

このように感覚を呼び起こすというコンセプトから、コンサートは「Eveil des sens」(感覚の目覚め」と名付けられました。

* 正確にいうと旧教会。現在では市の所有で文化イベントに使われています。建物の一部は今でもプロテスタント教会として機能しています。

「ディナー」のメニュー

気になるメニューですが、プログラムの中にメニューを書いた紙が添えられていました。(トップ写真参照)

ディナーボックス photo : Victoria Okada

まず第二曲「グノーム」が前菜で、ナスのキャビア見立て、黒オリーブのタプナード(ペーストのようなもの)、ゴマのチュール、柑橘類とチャービル(というらしいです。仏語ではセルフォイユ。日本にもあるのでしょうか?)のジェル。

次は「チュイルリー、遊びの後の子供達の喧嘩」で、エンドウ豆のパナコッタ、ラズベリーのジェル、エンドウ豆のサラダ。

メインは「サミュエル・ゴールデンベルグとシュミュイレ」。マスの燻製(とてもまろやか)、セロリのピューレ、ハーブオイル。

デザートは「バーバ・ヤーガ」で、チョコレート、キャラメル、チョコのチュールに、マスカルポーネ。

それぞれのお料理は異なる形のお皿に盛り付けられていて、すぐにわかるようになっています。該当曲になると、そのお皿の形を絵にしたプレートを持った人が通路を歩いて、どのお皿をいただくかを指示してくれます。

音楽を聴いての感じ方や味覚は、人によってとても異なるので、これがその人が曲に抱くイメージとは必ずしも一致しません。しかしガストロノミーの国フランスのこと、皆思い思いに味わいながら、喜んでいただいていました。これをちゃんとしたテーブルでアルザスの白ワインでいただけば最高だろうと思います。
ただ、食べることに気を取られて聴くことが少々疎かになったのは残念。

色彩豊かな演奏

この日、フランクフルト放送交響楽団(HR-Sinfonieorchester) の演奏は目の醒めるような色彩にあふれていました。ラヴェルの、それぞれの楽器を最大限に輝かせる書法が隅々まで生きており、エネルギーが横溢しています。その上、曲ごとのキャラクターが非常に明快に表現され、緩急のコントラストも見事。

フランクフルト放送交響楽団


食事に選ばれた「チュイルリー」の滑稽な様子や、「サミュエル・ゴールデンベルグ」の不穏な荘厳さなどが秀逸ですが、なんといっても終曲「キエフ(キーウ)の大門」の壮大さは、現在の悲しい現状とのコントラストという意味でも圧巻でした。その地の人々の誇りと愛着が感じられるといっても決して過言ではない素晴らしい演奏に、音楽は国籍を超えて人間の内面を表現できるのだということを実感した『展覧会の絵』でした。

そのような演奏を可能にした指揮者(音楽監督のアラン・アルティノグリュ(Alain Altinoglu, 同オケ音楽監督、ブリュッセル・モネ歌劇場音楽監督) の熟練の腕前には全く脱帽です。

アラン・アルティノグリュ


ハチャトリアンによるハチャトゥリアン

『展覧会の絵』の前、第一部には、セルゲイ・ハチャトリアン(Sergey Khachatryan)が登場。アラム・ハチャトゥリアン(Aram Il'ich Khachaturian。綴りに注意!)のヴァイオリン協奏曲を自由闊達な弓さばきで披露しました。

セルゲイ・ハチャトリアン


好演奏について語る時、しばしば感情移入が素晴らしいと言われることがありますが、彼の場合はそれを通り越して、曲を体現していました。その音からは、喜びと哀愁、希望とやるせない怒り、そしてアルメニアという民族に対するあらゆる想いがひしひしと伝わってきます。そのような深い表現がテクニックの完璧さと相まって、聴いていられること自体が奇跡のようなひと時。終わるや否や割れるような拍手で迎えられました。

アンコールにはアルメニアに中世の昔から伝わる歌。演奏前に時間をとって精神統一、というよりは、何かに思いを馳せているように見受けられました。息の長い物憂げな旋律を、しっとりと、しかし痛みを持って奏でる姿に、その曲を知らなくても、その国の歴史を知らなくても、心に突き刺さるような何かを感じなくはいられない。音楽の醍醐味を、音楽の持つ力を目の当たりにした演奏でした。

photo : Victoria Okada

2023年7月6日20時30分
コンサートについての詳細はこちら

CONCERT "EVEIL DES SENS"

M. Moussorgski : La Khovanchtchina, Ouverture
A. Khatchatourian : Concerto pour violon, en ré majeur
M. Moussorgski : Tableau d'une exposition

フランクフルト放送交響楽団
指揮 Alain Altinoglu
ヴァイオリン Sergeï Khachatryan
シェフ Eric Girardin

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