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note_41【対話型鑑賞について】
皆さん、対話型鑑賞(たいわがたかんしょう)というものをご存知でしょうか?この鑑賞方法は、ただ作品を見るだけでなく、参加者同士が感じたことや考えたことを自由に話し合いながら、新しい視点や発見を得ることを目的としています。私が行っているCG教育でも対話型鑑賞を取り入れています。本記事では、対話型鑑賞とその実践方法について解説します。
1. 対話型鑑賞とは
対話型鑑賞(たいわがたかんしょう)とは、美術作品や写真、歴史資料などの作品を複数人で鑑賞しながら、互いに意見や感想を交わすことを通じて、作品への理解や興味を深める鑑賞手法です。個人で黙々と作品を鑑賞するのではなく、鑑賞者同士が積極的に質問し合ったり、作品から得られる印象や解釈を共有したりすることで、新たな発見や多角的な見方を得ることを促します。
1980年代後半にニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発された「Visual Thinking Curriculum(VTC)」が起源です。VTCは、美術の知識がなくても、誰でも自由に作品と向き合い、思考を深めることができるように設計されたプログラムです。
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従来の鑑賞教育や一般的な「授業」よりも、子どもの主体的な学びを引き出しやすい手法です。アートを見ながら授業を行う際、対話型鑑賞の基礎となるのは、「みる・考える・話す・聴く」という4つの基本プロセスです。「みる」とは、五感を駆使して作品を受け止めること。「考える」とは、「みる」という体験を振り返り、それを言語化すること。「話す」とは、作品から読み取ったこと、気づいたこと、考えたこと、疑問などを共有すること。そして「聴く」とは、他の人の意見に耳を傾け、新しい視点を得ることです。さらに、ここに「問い」を加えます。対話型鑑賞において重要なのは、適切な問いかけです。
また、この対話型鑑賞で重要な役割を果たすのは、「ファシリテーター」の存在です。ファシリテーターとは、グループの議論やプロジェクトを円滑に進めるための支援役を指します。日本語では「進行役」や「調整役」とも言えます。
教員がこの役割を担当しますが、教えるのではなく、あくまでもファシリテーターとしての役割を果たします。このファシリテーターが、適切に「みる・考える・話す・聴く」というプロセスと「問い」を促します。参加者同士が対等に話し合うことで、互いの見方を尊重し合い、多様な理解を育むことができます。
対話型鑑賞の特徴
【作品名や作者名にこだわらない】
作品そのものに集中し、自分の感じたことを自由に表現します。
【多様な視点】
参加者一人ひとりの背景や経験が異なり、多様な視点から作品を読み解くことができます。
【対話を通じた共感】
意見交換を通して、他人の考え方を理解し、共感することで、より深い理解へとつながります。
対話型鑑賞のメリット
対話型鑑賞を行うことで、以下のようなメリットが期待されます。
【他者の視点から学べる】
同じ作品を見ていても、人によって注目するポイントや感じ方は異なります。誰かが指摘する細部に気づくことで、より深い鑑賞体験が得られます。
【自分の考えを整理・表現する力が身につく】
なぜそう思うのかを言語化して説明する過程で、自分が作品に対して抱いている感想や解釈が明確になります。また、言葉による表現力を養う機会にもなります。
【創造的思考や自己肯定感の育成】
一つの正解に縛られないことから、自由な発想を刺激します。自分の感じ方や考え方を認めてもらうことで、自己肯定感が高まる効果も期待できます。
【コミュニケーション能力の向上】
鑑賞について話し合う際、相手の意見を聞くことや質問し合うことが必要になります。対話を通じて相互理解を深めることで、コミュニケーションスキルの向上につながります。
対話型鑑賞のデメリット
対話型鑑賞には多くのメリットがある一方で、以下のようなデメリットや課題も指摘されています。
【鑑賞者の性格・背景による発言の偏り】
対話の場では活発に発言できる人が多く意見を交わす一方、内気な人やグループでのディスカッションが苦手な人は発言しにくい場合があります。発言量の偏りが生じると、多様な視点があまり表に出ず、結果としていくつかの強い意見に引っ張られてしまう危険もあります。
【誤った情報や思い込みの共有リスク】
互いに自由に意見を交換できるという特性は、実践的にはメリットでもありますが、作品に関係ない思い込みや誤情報が広まる可能性もあります。
【心理的ハードルの高さ】
個々人の解釈を自由に発言する場では、「的外れな意見と思われたくない」「他人に評価されたくない」という心理的プレッシャーを感じる人もいます。言いたいことがあっても言えず、最終的にディスカッションが形骸化してしまうケースもあります。
これらのデメリットに対しては、ファシリテーターの役割を重視することが対策の一つになります。カジュアルな質問から始めて発言を促したり、発言の機会が均等になるように配慮したり、時には専門的な知識を適切に補足したりするなどの工夫を取り入れることで、対話型鑑賞の質を高めることができます。
2. 対話型鑑賞の流れ
1. 準備
【環境の整備】
・鑑賞する作品を選ぶ(絵画、写真、彫刻、映像など)。
・静かで集中しやすい場所を用意する。
・必要に応じて、作品のレプリカや大きな画像を準備する。
【テーマや目的の設定】
・「作品の背景を知る」「感情を引き出す」など、鑑賞の狙いを明確にする。
【参加者への事前説明】
・対話型鑑賞の目的や進行方法を簡単に伝える。
2. 鑑賞
【観察】
・作品をじっくり見て、細部や色彩、構図、素材などに注目します。
【作品との第一印象を共有】
・「何が描かれているだろうか」
・「どういう印象を受けるか」
など、自由な感想を引き出す質問を行う。
【ポインティング】
・作品のある特定の部分を指し示し、質問を投げかける。
・その部分に注目してほしい、その部分について議論を深める。
・指示された部分に集中することで、作品の詳細な観察を促し、新たな発見につなげる。
3. 他者の意見に意識を向ける
【オープンクエスチョンを活用】
・「なぜそう思いましたか?」
・「他にこの作品について何を感じますか?」
・「この作品はどんな物語を伝えていますか?」
質問を通じて、多様な視点や考えを引き出す。
【多様性を尊重】
・他の参加者の意見を聞き、比較したり新しい発見を促す。
・参加者が発言しやすい雰囲気を作る。
【作品の背景や文脈を共有(必要に応じて)】
・アーティストや制作時代の情報を補足することで、理解を深める。
(ただし、最初から説明を与えるのではなく、対話の流れに応じて提供する。)
4. まとめと振り返り
【気づきの共有】
・「今日の鑑賞で新しく気づいたことは何ですか?」
・「この作品についてどんな印象が強まりましたか?」
参加者が学んだことを言葉にする。
【感想を振り返る】
・「鑑賞を通じて、自分の見方に変化はありましたか?」
・「他の人の意見で特に面白いと感じたものは?」
対話型鑑賞を通じての成長や発見を確認する。
ポイント
・問いかけは具体的かつ開かれた形で行うことが重要です。
・参加者の発言を否定せず、どんな意見も価値あるものとして受け入れる姿勢が大切です。
・鑑賞プロセスを急がず、作品との対話をじっくりと深めることを目指します。
3. 書籍紹介
●教えない授業
この書籍で紹介されている授業は、対話型鑑賞です。ニューヨーク近代美術館(MoMA)で生まれたこのプログラムは、従来の「教える・教わる」の関係や「正解・不正解」の枠組みを超えています。対話型鑑賞では、一人ひとりが主体的に学び、人々が対話を通じて「正解のない問い」に向き合いながら、ともに納得のいく解を見つけ出す、新しい学び方を提供しています。
教えない授業――美術館発、「正解のない問い」に挑む力の育て方
【書籍目次】
第1章 問いかけの魔法――対話型鑑賞とは何か
第2章 学びを促す仕掛け――対話型鑑賞の4つの柱
第3章 ある日の「教えない授業」
第4章 対話が生まれる理由――授業の中で起きていること
第5章 さまざまな分野で「対話型授業」
第6章 ナビゲーションの実践
第7章 よりよい学びの場づくりのために
第8章 対話型授業がひらく未来
この書籍のタイトルに惹かれ、読んで見たんですが、驚きました。それは、普段、私が行っている授業も概ね同じことをやっており、知らず知らずに、自分も対話型鑑賞を行っていたからです。驚きとともに、「間違ってなかったんだな」という確信を得たことを覚えています。
今後のnoteでは、私が行っているCG教育での対話型鑑賞を紹介しようと思います。
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