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動物を直接"みて触る"臨床獣医師の強み - X Talks 8.4 -

前回は、2頭のダックスが伊賀瀬先生を研究者としての道に導いたというエピソードを聞きました。最終回の今回は、少し現実的なお話も聞いてみました。今の日本で研究者が抱える予算の問題とそれへの対処法について、前田先生がトライされていることなどもうかがうことができました。

恒例の「伊賀瀬先生にとって獣医学とは」の質問には、臨床獣医師として大切にしていることをお話いただきました。


継続的な予算確保の難しさ

--:前回は、「本当にやりたい研究をやるって、大変ですよね」という伊賀瀬先生のコメントが印象的でした。特に、研究者の方々が予算確保に苦労されているというのは知りませんでした。

前田:
研究を続けるって、本当に大変なことだとつくづく思います。科研費(※)のような競争的研究資金を途切れなく取り続けるって、本当に難しいなと思います。

※ 独立行政法人日本学術振興会法の「科学研究費助成事業」から支給される予算

前田:実は最近、個人的に研究費の寄付を募るサイトを作ったんだよね。

伊賀瀬:
そうなんですか?クラウドファンディングではなく寄付なんですね。

前田:研究支援としてクラウドファンディングっていうやり方もあるけど、プロジェクト単位で一時的なものだから、「継続的に」っていうのは難しいよね。でもクラファンのいいところは、熱狂というか盛り上がりを作れるというところはいいなあと思う。だから方法の1つとしてはクラファンもアリなんだけど…。

伊賀瀬:たしかにうちのラボでも水野先生がクラファンをやっていましたが、やっぱり一時的ですもんね。

前田:だから、個人や法人の方からダイレクトに寄付を募ってみたらどうだろうと思って。研究費は基本的に科研費で賄うけど、プロジェクト単位だから3年から5年で研究期間が終わっちゃう。期間の繋ぎ目でも応募はするけど、必ず通るわけじゃないし。

--:一般の人は、そうした事情は知らないですよね。

前田:はい。実はどんなに大きなラボでも、研究を切れ目なく続けるのはすごく大変なんです。だから、ずっと継続して研究されている先生方は、本当にすごいなって思いますね。

伊賀瀬:結果を残さないと次の研究費が取れませんしね。

前田:そうそう。一回でも落ちると…。

伊賀瀬:負のループに入っちゃう。

前田:お金がなくて研究ができないから成果も出ない。論文を出すのにもお金がかかる…。

伊賀瀬:そうなんですよね~。

前田:(論文掲載費の)数十万円って、結構大きいから。

伊賀瀬:お金があれば、もうちょっとできる研究が、「ここら辺で1回止めて、論文にしなくちゃ」って…。

前田:ちっちゃくまとめちゃおうかって、あるよね。

伊賀瀬:難しいですね。お金を無尽蔵にもらえるわけじゃない。もらってる以上は責任がありますから、結果を出すのは大事だと思うんです。けど、若干縛られてる傾向ありますよね。

予算確保に必要な新たなアプローチ

前田:科研費の仕組みはすごく良いのですが、他のルートも模索する必要はあると思います。国の予算が足りないなら、研究者も別のアプローチを考えないと。「もっと研究費を!」という声を上げないと実情が伝わらないので、それも大事なんですが、それと同時に「補助金とは別に研究費を得る手段を考えていかないとなあ」とずっと考えていました。

--:ビジネスの世界だけではないのですね…。

前田:僕は獣医学分野の中では比較的(科研費を)いただいている方だと思うんですけど、5年後も同じように予算を確保できている保証はありません。大きい(予算の)研究費を取ると、「次も取らなきゃ」っていうプレッシャーがすごくあるんです。大きく風呂敷を広げてしまうと、設備や人も集まってくれるので、今度はそれを縮小させるのはなかなか難しくなってしまうというジレンマがあったりして…。

--:「大きい」というと、どのくらいの予算なのですか?

前田:科研費は色々な種類があるんですが、メインの「基盤研究」がS・A・B・Cに分類されています。Sが2億円ぐらい。Aが5000万でBが2000万、Cが500万。その予算を使って2年から5年くらいかけて研究します。僕が今いただいているのは基盤Aというやつです。獣医学分野では比較的大きな予算をいただいていると思います。

伊賀瀬:薬を1つ開発するのに10億円かかるとすると、基盤Sでも足りませんよね。

前田:全く足りないよね。それに、基盤Sは国内に数人しかいないし…。

伊賀瀬:薬を作ろうと思ったら、Sを5回くらい取らなきゃいけませんね。

--:研究者の皆さんが資金面で苦労されている現実はあまり知られていませんね。投資家や愛犬家・愛猫家の皆さんにも知って欲しいですね。

前田:獣医学研究の場合、臨床(=治療)に直結するので飼い主さんのサポートも得られるとありがたいですね。アカデミアの人間は経営に関しては素人ですし、研究者だけでなく獣医業界全体がそこは弱い気もします。ビジネスや経営の専門家にも何らかの形でサポートいただけたらと思います。

伊賀瀬:研究者が(動物好きの経営者など)色々な人たちとつながれるような場もあると良いですね。

--:そういうつながりがマッチングができる仕組みができると良いですよね。

伊賀瀬:ぜひ欲しいです!いろんな連携がないと、これから本当に国内で研究ができなくなってくるんじゃないかなと危惧しています。

前田:そういうわけで、この記事を読んでいる方で「マエダの研究を支援してもいいかな」という方がもしいらっしゃいましたら、暖かい支援をお待ちしております。ご支援していただくと、僕からありったけの感謝の気持ちをお送りいたします!(笑)(https://www.maedalab.com/post/donation_for_dogs_and_cats)

臨床試験をさらに広げるために

--:さて、伊賀瀬先生は2024年の4月から埼玉県にある日本小動物がんセンターにいらっしゃるとお聞きしました。どんな研究をなさるのですか?

伊賀瀬:「クロスアポイントメント制度」という複数の研究機関に所属できる制度を利用して、山口大学で授業や実習も続けながら、しばらくは関東と山口を行ったり来たりする生活になります。

日本小動物がんセンターに行くのは、もっと臨床試験を進めるのが目的です。山口にはアクセスの問題で来られない飼い主さんも多いので、「臨床試験の活動拠点を増やそう」と、水野先生と一緒に移動することになりました。あと、ネコの臨床試験もしたいですね。

前田:ネコ(の臨床試験)は、ほとんどないからね。僕も今年から移行上皮癌のネコにラパチニブを投与する臨床試験をはじめたところだよ。ネコの移行上皮癌って本当にレアだから、「患者さん集まるかなあ」と思っていたけど、毎月1~2例くらいは紹介してもらってる。

伊賀瀬:まじですか!?僕、(ネコの移行上皮癌は)診たことないです。

前田:イヌと比べてもネコの移行上皮癌は本当に少ないからね。

伊賀瀬:でも、いるんですね。

前田:やっぱり「ここで臨床試験をやってます!」っていう旗を立てると、ホームドクターの先生から紹介していただけるというのはあるなあと思います。飼い主さんからのお問い合わせもちょくちょくいただきますし。

--:潜在的な患者さんは多そうですね。

前田:ネコではそもそも移行上皮癌の報告が非常に少ないので、飼い主さんには臨床試験に期待していただいていると感じます。いまのところ、ネコの移行上皮癌に対しては手術かNSAIDsくらいしか治療法はありません。そこにもう1つ、「分子標的薬」という選択肢ができれば良いなと思います。

一方で、期待に応えられなかったらどうしよう…っていうプレッシャーは、臨床試験を始める際には常にあります。特にネコの臨床試験は初めてなので、イヌとはまた違う感じがします。

伊賀瀬:めっちゃわかります!臨床試験に対して飼い主さんがすごく期待してくれていても、あまり効果がでないこともありますよね。その時は申し訳ないというか、いたたまれない気持ちになってしまいます。

前田:あるよね。もちろんうまくいかない可能性についても最初にきちんと説明するんだけど、やっぱり飼い主さんも僕自身も「何とか効いてくれー!」って思うもん。

伊賀瀬:やっぱり臨床試験は地方よりも関東の方が症例は集まりますか?

前田:僕は東大でしか臨床試験をやったことがないから直接比較はできないけど、関東は飼い主さんが来てくれるからやりやすいと思う。だけど山口大学では水野先生が臨床試験をいち早くやっていたのに、東大を含めて関東圏の獣医大学ではイヌやネコの臨床試験を(当時は)あんまりやっていなかったから、「何でやんないんだろう」って素朴に疑問だったんだよね。それで、「関東で誰もやらないなら自分がやろう!」と思って始めたという感じ。

伊賀瀬:臨床試験の募集にSNSは使いますか?

前田:僕はけっこう使ってる方だと思う。Twitterとホームページは使うようにしてるかなあ。

伊賀瀬:飼い主さんがアクセスできる媒体でお知らせするのは重要ですね。僕がこれから取り組みたいと思っているのは、臨床試験データの蓄積なんです。国内の獣医さんから腫瘍の治療に関するデータを集めて、みんなが見られるシステムを作ろうと思っています。(埼玉の)がんセンターに行ってからやりたい仕事の1つも、臨床試験のデータベース作りです。

--:一般の飼い主さんがアクセスできて、「どんな病気は、どこに行くと、どんな治療ができる」といった情報が得られる仕組みもあると良いですね。東大の動物医療センターにも、飼い主さんが前田先生のホームページを見つけて移行上皮癌の治療に行くケースがありますよね。

前田:飼い主さんが自分で調べて東大にいらっしゃるっていうパターンも多いですね。あとは僕の「論文を読んで来ました!」という飼い主さんもいらっしゃって、リテラシーの高さに驚きます。

伊賀瀬:論文までチェックしてるってすごいですね。熱意というか、熱量の高さを感じます。僕が考えているデータベースも、獣医師の先生だけでなく飼い主さんにも有益な情報を提供できるようにしていきたいですね!

あとは、横の繋がりをもっと強固にしたいと思っています。前田先生とは水野先生のお陰で仲良くさせていただいていますが、僕自身は密に話せる先生をたくさん知っているわけではないんです。積極的に情報交換できる仕組みづくりにも取り組みたいと思って、関東に来ることに決めました。

僕が考えている薬も、以前お話したように単独だと効かないと思います。みんなに使ってもらわなければ意味がないので、オープンにしてどんどん提供していきたいと思っています。本当に効くかどうかはわからないですけど…(笑)

前田:「まずはやってみないと!」だね。

伊賀瀬:そうですね。

「病気を診れる研究者」をめざして

--:それではこのあたりで恒例の質問をさせてください。伊賀瀬先生にとって「獣医学研究」とは?

伊賀瀬:これ、定番のやつなんで、今日までずっと考えてたんですけどなかなか良いのが思いつかないんですよね(笑)僕の研究の目的でも良いですか?

前田:もちろん!目的でも良いし、夢でも良いし。「もも太郎くんとの約束」でも(笑)

伊賀瀬:そうですね…。僕の獣医学研究のきっかけは、やっぱりもも太郎と獣医学生時代に出会った1頭のダックスなんです。彼らのことは助けられなかったけど、その経験から少しでも多くの動物を救いたいと思ったんです。

僕は前田先生の “Beyond Species”がすごく好きなんですけど、獣医師はたくさんの動物の病気を治せる可能性があるじゃないですか。今は、イヌ・ネコの研究をしていますが、将来的はエキゾチック(アニマル)や動物園動物なども含めて生物種にとらわれない研究者になりたいと思います。

前田:おー!いいねぇ! まさにBeyond Species!

伊賀瀬:基本は「病気を治したい」。臨床も続けていって「病気を診れる研究者」になるっていうのが僕の目指すところです。

前田:やっぱり臨床の現場に出続けるってすごく大事だよね!実際の病気を直に診ているから、教科書に書いてあること以上の「ナマ」の情報や疑問に触れられるって大きいと思うな。

伊賀瀬:僕もそう思います。でも、この前、小林先生(日本小動物がんセンター・小林哲也先生)が(獣医学生向けの)講演で、「病気をみるだけじゃ駄目だ。動物をみましょう」っておっしゃっていて…。

前田:なるほどー!目の前の動物をちゃんとみるってことだね。

直に手で触って眼でみる大切さ

伊賀瀬:そのお話を聞いた時、「病気を診る研究者」って僕はいつも言ってるなって、一瞬ドキッとしました(笑)

前田:でも、伊賀瀬くんの「病気を診る」っていうのは「動物」も含めた言葉でしょ?

伊賀瀬:そうなんです。小林先生のお話は、臨床医の姿勢についておっしゃっていたことなんです。臨床医になったら、病気(だけ)を診るんじゃなくて、動物自身をよく観察しなさいってことでした(笑)

前田:それは本当に大切なことだよね。病気の診断にやっきになって、肝心の患者さんを全然みてないってありがちだもんね。

伊賀瀬:臨床に行く人には本当に大事なことなので、すごく良いお話でした。僕は、研究者として病気を診られる研究者になりたいですということです。

前田:臨床では、例えば検査数値だけを見るっていうのは違うからね。その子(=動物)を詳しく観ないと。

伊賀瀬:そうなんです。それが、製薬会社でインターンを経験した時に強く感じたことでもあるんです。

前田:会社に入っちゃうと、実際に(病気や動物を)みることってなくなっちゃうからね。

伊賀瀬:ほんとそれなんですよ!でも一方でそれが悪いことでも決してないですよね。企業の方は臨床現場ではできないことをやられているんですから。

ただ、僕がインターンで行った製薬会社には理学部や薬学部出身者が多くて、リアルな病気を診たことがない方がとても多かったんです。だから会社は、あまり「リアル」を求めてない感じがして、自分のやりたいこととは違うなと感じました。今いる、研究も臨床も両方できる環境で、もうちょっとやってみたいと思ったんです。

前田:現場が大事だよね。

伊賀瀬:すごく大事です。

前田:この前のVET X Talksで栗原先生(ノースカロライナ州立大学の栗原学 Assistant Professor)と対談した時に話題になったんだけど、これからAIが台頭してくるのは獣医療でも避けられない。でも、AIには身体がない。だから「フィジカルなコンタクトはAIには絶対できないよね」っていう話になったんだ。

少し前は、AIが発展したらブルーワーカーの仕事が奪われると言われていたよね。でも、そういったブルーワーカーの仕事はAIにはできないから、逆に需要が増しているらしい。AIが奪ったのは、実はホワイトワーカーの仕事だった、ということが言われているみたい。

伊賀瀬:あー、確かに!実際の眼で見て、手で触るのは僕ら人間ですからね。獣医療は知識ももちろん大切ですけど、基本、ブルーワークですもんね(笑)。そう考えると、僕らのように臨床の現場に出つつ、研究もするというのは大きなアドバンテージかもですね。

前田:本当にそう思う。昔の映画じゃないけど、「病気は実験室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」ってことだね(笑)

--:踊る大捜査線(笑)! 懐かしい(笑)

伊賀瀬:そうですね(笑)でも、やっぱり僕らだけじゃできないんで、製薬会社の人とか、色んな分野とコラボして良いものを作っていければいいな。僕らだけでやりたいってわけじゃないですから。

--:皆さん役割が違いますからね。

伊賀瀬:そうです。役割分担でうまくやっていけば。とにかく、僕の一番大きな目標は、動物に良いものを届けることです。みんなで協力し合って、良い環境づくりをしていきたいです!

 山口大学の伊賀瀬雅也先生をお迎えしたVET X Talksの第8シーズン。伊賀瀬先生は、代謝に注目した新しいがんの治療方法を研究されているとのことでした。色々な動物の様々な病気を治すことにつながる可能性がある研究ですが、簡単なものではなくご苦労も多いと思います。愛犬「もも太郎」くんと獣医学生時代に出会ったクリーム色のわんこ、2頭のダックスへの想いを胸に研究を続ける伊賀瀬先生に、イチ愛犬家としてもエールを送りたいと思います。

VET X Talksでは、これからも様々な角度から「獣医学研究はおもしろい!」ということを分かりやすくお伝えしていきます。次のゲストも、最先端の研究に携わる専門家をお迎えする予定です。ご期待ください。

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