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2024年の本棚ーー2024年に読んだ本
noteで毎年、読んだ本の総括をしてるので、今年もやろう。ちなみに2024年に読んだ本が2024年に出版された本とは限らないので、そこは注意されたい。
さて、2024年で個人的に良かった本といえば、まず土井善晴『一汁一菜でよいという提案』を挙げなくてはならない。僕は2023年あたりから本格的な自炊を始めたのだが、2024年頃になるとちょっと料理に気合を入れすぎて疲れてしまっていた。しかしこの本を読むと、「味噌汁とご飯で良い!」と力強く主張してくれている。実際にはなんだかんだいろいろ副菜は作るけれども、本書を読んで食事に対する考え方が随分楽になった。24年に読んだ中で、一番ありがたかった本である。同じようなジャンルで言えば水上勉『土を喰う日々』も、のんびり素朴生活という感じで、よかった。
そういえば2024年のはじめの方は、映画論の本もいくつか読んだ。特に良かったのは渡邉大輔『新映画論』と北村匡平『24フレームの映画学』。このふたつのいいところは、小難しい理屈ではなく作品の話がたくさんあるところだ。やはりどんな映画がどんなふうに面白いのかというところがわからないと映画の話をされてもつまらないので、いろいろな映画の話を読めたのは楽しかった。
また、いろいろ必要があったのもあって精神分析とか心理学とかに関する本もちょくちょく読んだ。興味深かったのは、斎藤環✕東畑開人『臨床のフリコラージュ』。斎藤環はもはや古顔という感じだが、東畑は比較的最近出てきた臨床心理学の人で、『居るのはつらいよ』で紀伊国屋じんぶん大賞も受賞している。実際本を読んでみると、東畑さんは現象をキャッチーな言葉でとらえるのが上手いように感じた。
東畑 物語の面白さは結局、塩梅や程度にあります。理性による断言ではなく、理性と情念の絶えざる葛藤こそが物語の場所です。そして、それこそがケアの実際なんだと思うんですね。というのも、ケアは原理ではなく、常に応答であるからです。事件が降りかかってきて、それにかろうじて応答し続けるのが物語の主人公ですよね。
ここでは物語とケアをつなげつつ、そもそも主人公とは……と小説論としても読めそうな話を展開している(たしかに村上春樹の主人公は、常に周囲の刺激に反応して動く、といったタイプの人物だ)。もちろん斎藤もサブカル論・物語論についてはベテランだから、この対談は精神分析にそんなに興味がない人でも面白いのではないかと思う。
ちなみに精神分析系で他に読んで良かったのは、ジジェク『ラカンはこう読め!』、松本卓也『人はみな妄想する』、立木康介『露出せよ、と現代文明は言う』。ようやくラカンがちょっとわかるようになってきた。
そういえば、千葉雅也『センスの哲学』が発売されたのも24年だ。「センスとはリズムがわかること」という簡明なテーゼから、絵画や文学にまで話を広げつつ展開されていく筆致は、さすがに手慣れている。自分としては『動きすぎてはいけない』や『意味がない無意味』みたいな直球の批評も読みたいけれども、たしかに自己啓発本と思想のあいだみたいなところにうまくフィットしているのが千葉の強みでもあるから、なかなか難しいところである。ちなみに千葉で一番好きな本は、『アメリカ紀行』。
思想といえば、大澤真幸『電子メディア論』もおもしろかった。インターネット黎明期の本で、当時のネットに対する視線がよく分かる。また、言文一致などの話もあって、文学研究者としても参考になった。
そうであるとすれば、ここでは、反対方向に進む二つの運動が統一されていることになろう。「俗語」に基づく国民的な言語が成立するためには、(Ⅳ章で説明したように)超越的な審級を経験的な各個体の身体へと回収することが必要であった。このことは、超越的な審級を占拠する特権的な身体の「超越性」を純化しようとする運動とは、対立するように見える。つまり、ネーションが成立しているときには、純粋に超越論的な条件が、経験的な水準において実現しているのである。/ネーションへの所属の意識は、何も、同じ「俗語」を話しているという共通性から、自然に醸成されるわけではない。そうではなく、標準的な「俗語」を構成することが、同時に、均質的な全体としてのネーションを把持することを可能にするような心的な機制の作動を、各身体に対して強いるのである。
僕は正直大澤の文体が苦手で、彼の本を読んでも頭に入ってこないのだが、本書はギリギリついていけたし、勉強になった。ただ24年末にこの本の増補新板が出て、旧版で読んだ僕はなんとなく損した気分になったが……。
もうひとつ去年読んだ批評で良かったといえば村上裕一『ゴーストの条件』だが、これについては心に刺さりすぎたので記事にしているから、そちらを読んでいただきたい。ここでは、僕は作品のことについて熱く語る文章がとても好きであり、『ゴーストの条件』はまさにそういう本である、とだけ言っておく。
批評の話ばかりしても仕方ないからあとはまとめちゃうと、よかったのは三浦雅士『私という現象』、芳川泰久『書くことの戦場』、稲葉振一郎『宇宙・動物・資本主義』あたり。前の二冊は、ちょっと古いが。
また、去年は政治学系の本も意識して読んだ。必要があったのもそうだけど、自分の関心がそちらに向いてきたのもある。特によかったのは山本圭の『不審者のデモクラシー』や『アンタゴニズムス』だが、山本については『近代体操』という僕も参加している雑誌でインタビューをやらせてもらったから、割愛。
恥ずかしながらいまさら良さに気づいたのは、ランシエールの諸作だ。僕が最初に読んだのが『言葉の肉』で、この本にあまりついていけなかったので、ランシエールを敬遠していた。ところが『民主主義への憎悪』や『不和あるいは了解なき了解』などを読んで、こんな大事な話をしている人だったのか! と驚くと同時に、自らの不明を恥じた。いまは『無知な教師』や『感性的なもののパルタージュ』、鈴木亘『声なきものの声を聴く──ランシエールと解放する美学』を購入し、少しずつ読んで勉強中である。
また24年は学生にいろいろ教える機会ーー要するに「センセイ」として振る舞う機会が増えたので、文章法の本なども久しぶりにいくつか読んでいた。学部生のとき以来だ。学生に勧めやすいな、と思ったのは倉島保美『論理が伝わる「書く」技術』。パラグラフ・ライティング礼賛、みたいな本でちょっと形式的すぎるかなーと思いつつ、実際本文がかなり読みやすく書かれているので、言っていることに説得力がある。
また、ライティングの本といえば24年の王者は阿部幸大『まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書』だろう。「まったく新しい、とは大きく出ましたなあ」となめてかかっていたのだが、読んだあとは書いていた論文を早速書き直す羽目になった、名著である。本書はとにかく論文の問題設定=アジェンダをはっきりさせよ、という論旨が強力かつ明快で、説得力があった。博論書く前に読みたかったが、若い(?)うちに読めて良かったとポジティブにとらえておきたい。もし大学院生でこの記事を読んでいる人がいたら、今すぐ買うことをおすすめする。
そういえば小説の話を全くしていなかった。24年は、SFをよく読んだ。劉慈欣『三体』や神林長平『戦闘要請・雪風』といったド名作をいまさらながら楽しんだのがこの年である。2010年代後半からのSFブームがまだまだ続いている感じがあるので、25年もおもしろいSFに出会えることを期待している。
ただ、いま自分が読んだ本を見返していると(僕は中学のときから、読んだ本のタイトルだけはルーズリーフにざっと書いていて、なにを読んだのかは正確に思い出せる)、夢中になって読んだ小説にあまりぶつからなかったな……。という反省もある。面白い小説はたくさんあるはずなのだが、論文やら批評やら二次テキストを読むことに熱心で、ちゃんと小説を読む時間をあまりとっていなかったのではないか。反省。
去年時間を忘れて読んだのは砥上裕將『線は、僕を描く』。水墨画という珍しいテーマを扱った小説で、空虚な主人公の心が少しずつ満たされていく様子が感動的だ。中学生高校生に勧めたい。
また、最も感銘を受けたのは乗代雄介『旅する練習』。そこら中でいい本だと言われてたから僕も読んでみたが、たしかにとてもよくできた小説で、読了したあと「すごいもん読んじゃったな」、という気分になった。細かいことはまだ言葉にできないが、何回も読み返すに値する小説であることは確実で、僕は読み終えた本は基本的に研究室においているのだけれども、この小説は自宅に置きっぱなしにしている。
あとはざっと、良かった小説等を挙げておこう。『鳴雪自叙伝』、織田作之助『放浪・雪の夜』、原田マハ『本日は、お日柄もよく』、レーモン・クノー『わが友ピエロ』、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』、『辻邦生初期短編集』、宮澤伊織『裏世界ピクニック』、木山捷平『駄目も目である』あたり。また、24年から『井伏鱒二全集』を読み始めた。また完読できたら話をしたい。いま半分くらい。
最後に、詩や短歌のことに少し触れておこう。ただしこのあたりは専門に近すぎるから、細かい感想や考察についてはまた別のところで行うことにしたい。今年読んで印象に残ったものを、名前だけ挙げておこう。キム・ソヨン『数学者の朝』、木下龍也『オールアラウンドユー』、鈴木加成太『うすがみの銀河』、『井坂洋子詩集』、水原紫苑『快楽』、穂村弘『シンジゲート』、高田怜央『SAPERE ROMANTIKA』および『ANAMNESIAC』、中島中春『White, White, White』。詩集は油断しているとすぐ買えなくなるから、困る。
2025年は、もっと小説と詩集を読もう。
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