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春爛漫(はるらんまん)のころ

だいぶ昔の春の頃の話…

小栗栖(おぐりす)団地から帰る途中で、安留(やすとめ)金属に寄った。

金属加工の零細企業だ。


山科川の堤防のサクラが満開だった。
この分では、「醍醐(だいご)の花見」も盛況だろうな。

インド人らしい家族連れがサクラの下を歩いている。
このあたりは、外人さんも多く訪れるようになった。
というより、住んでる外人さんが多くなったんだ。

あたしは森山直太郎の「さくら」を口ずさみながらハンドルを切った。
「さくら、さくら、いま、さきほこる、せつなにちりゆく、さだめとしってぇ~」(音痴やな…)

亡き母が、「インド人は土人(どじん)や」と、とんでもないことを口走ったことがあった。
浅黒い皮膚だから、そんなイメージを持っていたのだろう。
だいたい「印度人」であって「印土人」ではない。
字からして間違っていた。
「インド」の方、ごめんなさいね。

メタル食品のカレールーには「印度カレー」と書いてあったではないか。
若い人は知らないだろうけど。

桜と言えば、「あたま山」だろうな。
落語で有名だ。
あたしは知らないけど、アニメ化されて賞をとったとか。
シュールというか、SFチックなお話で、江戸期の日本人の頭の柔軟さが見て取れる。
こんな話だ。

ドけちな男が、花見で飲み食いするのも惜しいと、花だけぶらぶら、見て歩き。
桜の実(さくらんぼ?)が落ちているのを、腹を減らしたドけち男が貪り食ったら、頭に桜の木が生えちゃった。
みるみる育って、満開になったもんだから、野次馬が押しかけて男の頭の上で花見をやらかす始末。
毎年、花見の季節にこの騒ぎ。
男は、もういやだとばかりに、桜の木を引っこ抜いた。
やがて、そのくぼみに水が溜まって池になり、魚が住み着いて、今度は釣り客が押し寄せる。
とうとう、男は、世を儚んで、その池に身投げする・・・
だったかな?

あたしが無邪気な幼い頃、父から、スイカのタネを食べたら、おなかで芽を出して、お尻からつるが出て、大変なことになると教えられた。
すでに、スイカのタネを何個か飲みこんでいたあたしは、さぞかし恐怖で悲愴な顔をしていたことだろう。
父は、
「なおこ、どうしたんや?」
「タネ、食べてしもた。お父ちゃん。どないしょ」
「みんなが、みんな芽が出るわけやない」
「そやかて・・・。あ、お父ちゃんもタネ、出さな!」
父は、平気な顔でシャクシャクとスイカをタネごと食らっているではないか。
「わしは、盲腸の手術をしたあるから、大丈夫なんや」
「えー?」

うそつきの父も、もう草葉の陰で知らんぷりだろう。うそつき一家の大黒柱だった。

ようやく、安留さんの工場に着いた。
うちの社長から、ブラケットの加工をお願いしていたので、それを取りに来たのだ。
「ごめんくださ~い」

奥から、片手鍋を持った安留さんが出てきた。
「ああ、なおぼんか。ちょこっと待ってや。出来てるし」
「お昼やったんですか?すんませんねぇ。こんな時間に」
とあたしは、言うて、丸椅子にこしかけた。
安留さんは、インスタントラーメンを鍋のまま食べてはったんや。
それもフォークで。
「イタリア人みたいやろ」
「ははは、そやね」
器用に、ラーメンをくるくるしながら食べている。
「鍋焼きやね」
「どんぶりが無いんや。洗いもんが増えるのもかなんし」
この人、七十前やと思うけど、気が若い。

あたしは、品物を受け取ると、そこを後にした。
今日は、もう会社に戻らんと、帰ったろ。

「直帰します」とメールを社長に送った。

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