宇宙のコンビニ
『つけたところがドアになるノブ』
土砂降りの雨の中、家の壁からそのまま家の中に入れたら、どんなに楽ちんだろう。疲れてヘロヘロになった夕方にも、壁からベッドに倒れ込めたら、最高に気楽だろう。
この『つけたところがドアになるノブ』は、家の壁につければ、そこにドアが生じる。もう、玄関まで回る必要はない。誰でもそのドアから家の中に入ることができるので、使った後は、必ずノブを抜き取ること。見知らぬ誰かが、家の中に入ってくるかもしれない。
変わった家があった。出入り口は一つっきり、百段階段を上がった先にあり、広さは子供一人分。頭下げ腰曲げて、体を斜めにドアを潜らなければならない。頭を打つこと百万回。不便極まりなし。壁には窓が、わずかにガラスをはめていたが、三重ロックで鍵が掛かり、ハンマーを投げつけたって、割れはしない。
この家を設計したのは、泥棒を極度に恐れる設計士だった。その不便さから自分でも嫌気がさし、奥さんともども引っ越してしまった。長年誰も住む人がいなかったが、格安物件とあって、一人の未亡人がこの家に引っ越してきた。
「あ〜あ、こんな家、引っ越してくるんじゃなかった。」
ん十回目に頭をドアでぶつけて、溜め息ついた。
「この家にすんなり入っていけたら、どんなにいいかしら。」
「いらっしゃいませ、お客様。何をお求めでしょう?」
私は、宇宙のコンビニの店長。やってきた女の客に丁寧に挨拶する。女の客は、驚いた顔で私をじろじろ眺め、何も言わない。私は、客を安心させるため、にっこり笑ってみた。女は、ますます恐ろしげに顔をひきつらせたが、
「私、ただ、家の中にすんなり、普通に入りたいだけなんです。」
と、困ったように言った。
「では、こちらへどうぞ。あなたの望みを叶えるものが見つかるでしょう。」
私は、女を店の奥の林へ案内した。林には、明るい木漏れ日が降り注ぎ、風もないのに枝が揺れている。
「こんな林の中に、何が見つかるというのでしょう?」
女はぶつくさ言っていたが、私の顔を振り返り、「ひゃっ。」と、小さく叫び、林の中に入って行った。
しばらく待ち、女が林から出てくる。手に何かを握っている。
「こんなものが、地面から生えていました。まるでキノコみたいに。」
そうして、こわごわ、私にそれを手渡した。
「これは、『つけたところがドアになるノブ』です。家の壁や塀に、このノブをつけて回すだけ。ノブをつけた面にドアが現れ、開けて中に入ることができます。」
私が説明した。
「まぁ、それ、本当の話!? 私の聞き違いかしら?」
女は自分の耳を引っ張り、
「もう一度、言って下さらない?」
と、言った。再び同じ仕草が繰り返された後、
「それが本当かどうか、実際に自分の手と目で確かめてみないと信じられないわ。」
女は言い、『つけたところがドアになるノブ』に手を伸ばした。
「お待ち下さい、お客様。代金をお支払い下さい。」
私が言うと、
「代金!? 私にはそんな余裕ないのよ。」
と、残念そうに言い、大きく溜め息ついた。その拍子、口から大きな赤い花が、ぼろりと咲きだし、床に転がった。花は地に着くや、百に分かれて広がり、一面花畑になった。
「お見事!」
溜め息の花は、一瞬の幻。赤い霧となって、四方へ散っていく。
「大変珍しいものを見せていただきました。」
私は、女に『つけたところがドアになるノブ』を渡した。彼女は、
「『人生に無駄なものはない』と言うけれど、私の溜め息も無駄じゃなかったのね。」
と、ノブを握り、宇宙のコンビニを去って行った。
女は、家の前に立ち、遥か頭上に見える入り口を見上げた。
「もう、あなたの世話にはならないわ。私、小鳥じゃないのよ。」
そして、『つけたところがドアになるノブ』を目の前の壁につける。くるりと回すと、ドアが広く開き、台所に通じた。
「なんて素晴らしいの。」
彼女は続いて、家の裏の壁にノブをつけ、回す。トイレがあった。家の横につけ、回す。洗濯機が、そこに。
「もうこれで、私の悩みは、なくなったわ!」
次の週、彼女は、杖をついた母親を家に呼び、
「お母さん、今日から一緒に住めるようになったわ。この家、とても楽に家の中に入ることができるの!」
ノブを回すと、テーブルに赤い花が飾られ、紅茶が二つ、湯気を立てていた。
(おわり)