映画「川っぺりムコリッタ」で心のマッサージ
『かもめ食堂』荻上直子監督×松山ケンイチ×ムロツヨシ×満島ひかりが贈る、「おいしい食」と「心をほぐす幸せ」。
そんな紹介がまさにぴったり。
ほっこり系だけど、ほのぼの系ではない、奥の深い映画でした。
なお「ムコリッタ」とは、仏教における時間の単位の一つで、一日の1/30、すなわち48分を表し、ささやかな幸せ も意味するのだとか。
物語はこんな具合に進みます。
北陸の小さな街にやってきてイカの塩辛工場で働くことになった青年・山田(松山ケンイチ)。工場の社長から築50年の安アパート、ハイツムコリッタを紹介されて住み始めます。できるだけ人と関わることなく、ひっそりと生きたいと思い定めていた山田は、風呂上がりに飲む冷えた牛乳がささやかな楽しみという静かな毎日を送ります。しかし彼の日常は、隣人の島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと強引に部屋に上がりこんできたことで一変し、大家や他の住人とも触れ合うように。そんなある日、山田宛に一通の封書が舞い込み、転機が訪れます。
それぞれに「何らかの事情」を抱える主要登場人物たちと、彼らにそっと手を差し伸べてくれる周囲の人たち。「生と死」が日常の営みに見え隠れする中、いつしか「友達でも家族でもない」つながりを築いていく彼らに、心をマッサージしてもらった感じです。
「かもめ食堂」もそうでしたが
・炊きたてのご飯とか、採れたての夏野菜とか、いい匂いが外まで漏れ出すすき焼きとか、登場する「食」のアイテムが、いちいち美味しそうなこと
・何気ない台詞や仕草、絵面がとても雄弁(勿論それだけの力量のある役者を起用している)であること
・よく意味の分からないファンタジー要素を、ふいに紛れ込ませること
は、荻上直子作品の特徴と言えそうです。
出演者について。
主人公、山田役の松山ケンイチは、心を固く閉ざしている序盤から、優しい顔つきのラストまで、表情の繊細な変化が非常に良かったです。
山田の隣人、島田役のムロツヨシは、後半、お風呂場の山田に声をかける演技など、役の複雑さを表現していて心に刺さりました。
ハイツムコリッタの大家役の満島ひかり。役に求められていることを自然にかつ印象深くやりこなせる、天才肌の俳優さんだなあと今回も感服。話題となっている「艶技」のインパクトもさることながら、アイスキャンディーを山田と食べるくだりが特に面白かったです。
ハイツムコリッタの住人、吉岡秀隆は、声音と喋り方の特徴が、一見うさん臭く見える役柄にマッチしていて、終始絶妙な存在感でした。
山田の勤める塩辛工場の社長、緒方直人は、久しぶりにスクリーンで見ました。暑苦しくもなりかねない人物像を、嫌味なく演じています。単純作業を積み上げていく単調な日常に何の意味があるのかとの問いに、毎日コツコツと積み上げていって初めて分かるものがある、と答えるやりとりに説得力がありました。
主人公に親切に接してくれる市役所職員に扮した柄本佑は、篤実な地方公務員らしい雰囲気が出ていて、流石に芸達者。うまいです。
その他、笹野高史や田中美佐子、薬師丸ひろ子(声のみ)、江口のりこら実力派俳優が、ちょい役ながら、それぞれ「ならでは」の味わいを作品に加えています。贅沢な使い方だなあと、つくづく思いました。
ドラマティックな出来事は起こらないけど、市井の小市民たちが、ささやかな幸せを積み重ねて、「死」を受容して、ゆるやかな絆を結んで……
そして、寓話的なラストシーンに帰結する。
重いテーマを扱っていながら、コメディ要素も交え、軽やかで温かい印象に仕上がっています。
どんな人でも、いなかったことにしてはいけないー。
一番心に響いたのは、この一節かな。
音楽も、終始作品世界に寄り添っていて、後味のいい映画だったなと、満足して見終えました。
映画の後は、お気に入りのカフェのお気に入りメニューでランチ。
10月のスタートは「ささやかな幸せ」をいくつも味わえて、良い一日になりました(^^♪
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