真水を炭酸に変える。
私は、窓の向こう側の空を眺める。
雲が一つにつながったり、離れたり。
掌で掬ってなだらかにして、飛び込んでみたい。
頬杖をつく顎もじりじりと痛くなってきた。
毎日がつまらない。
45分の授業は、私の知りたくない情報をひたすらに垂れ流している。
理科室の水道は、蛇口が緩くて、時々ぴちゃんぴちゃんと、水滴が落ちていて
窓の淵には蜘蛛がゆっくり歩いていて
空はいつもより、やけに濃くて深くて
きっと、それに気づいているのは私だけで、
でも、そんなことはどうでもいい。
国語、算数、理科、社会。
そのなかでも、私は理科がダントツで嫌いだった。
土足で、心を踏み荒らされていると感じる。
小学校に入学して、私たちは、探検バッグを背負って、校庭を、散策した。
いろんな草花をスケッチした。
「みたままに描いてね」
当時の担任の先生はいった。
「eriちゃん、そのまま描いてっていったよね?」
私はそのまま、描いてたつもりだった。
お花に付いている葉っぱは、ドレスだ。
お花という顔を邪魔しないように美しくて、麗しくないといけない。
茎に付いている、
ふわふわとしたアクセサリー。
風に揺れるスカート。
私は見たままを描いてる。
風の強さも、太陽の昇り方も、雲の形も、全てのものに、私の感情をのせている。
学校は、それを全て否定するところだった。
私は、私を否定する場所に、
息苦しさを感じていた。
私は、私の、
フィルターで見る世界しか信用できない。
外は穏やかな風が流れていて、
手を伸ばしたら
柔らかな光と一体化できそうだった。
気付くとチャイムがなっていた。
起立、礼、ありがとうございました。
私は立てなかった。
私の心は、私のものだからだ。
「eriちゃん」
校長先生は、時々、理科の授業だけ教えにくる。
目の縁に深い深い皺が刻まれた、
しわしわのおばあちゃんだ。
「授業、すき?」
私は首を振った。
「eriちゃんお水、好き?」
私は、首を傾げた。
「eriちゃん、魔法使ったことある?」
私はきょとんとした。
大人なのに、何いってるの?
校長先生は、ふふっと笑った。
「先生は、使えるの。
真水を炭酸水に変える魔法」
「eriちゃんは、そのままで良いよ」
「いつか、魔法を使いたくなったら、私のところに来てちょうだい。内緒で教えてあげる。」
大人になった今も、時々思い出す。
氷を入れたグラスに、
三ツ矢サイダーを注ぐ。
グラスの真横から、
気泡が弾けるのを眺める。
自分以外の誰かと、話、をすること。
一人称単数を複数に変えること。
炭酸は、優しさを教えてくれる。
真水という、みんなにあるそのまんまの心を
炭酸水に変える魔法を。
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