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真夜中をあるく

待ち合わせは横浜駅北口の韓国料理屋。
JRの改札を抜け、はて、北口なんてあっただろうかと疑問に思いながら人混みの流れを邪魔しないように歩き出す。


おもむろに、黒のパンプスのサイズが合わない気がして落ち着かない。歩きながらつま先をコンコンと冷たいタイルに打ち付けて、そうか、これで丁度いいのか。私はこれで間違っていなかったと言い聞かせる。ふっと息を吐き、
人混みに溶け込む。


そうして、ゆっくりと、
存在を消して、周囲を歩く人に馴染んでいく。
そんな安心感が得られるから、
私は人混みを好むのかもしれない。


約束の時間はとうに過ぎていて、
私は特に急ぐこともなく、スマホの地図アプリを起動しながら店に着いた。
すでに幹事の真帆は、一番手前のテーブルに着席していて、スマホを見つめながら、
気だるそうに座っている。

「あれ?雪は?」
横浜に住む雪は、誰よりもこの店から近いはずなのに、遅刻の常習犯だ。

「しらん」

真帆は、気にもくれない様子で、メニューを見せながら注文方法を話し出す。

同じ職場で働く、この真帆と、雪は、年代も出身も、経験年数もバラバラな、歪な3人組だ。

私が圧倒的に年上であることは間違いないが、いつのまにか表面張力の強い肌つやのあるメンバーに、不自然にも収まっていた。


店内では韓流のポップが永遠に流れており、
店内至る所には、
チャミスルのカエルが
ひょっこり座りこちらを覗いている。
私の背後の、引き戸が開く。


「チャミスル〜」
と言いながら雪は、そのまま店員に話しかけて、あまりに自然に私の隣に座った。


「雪、自由すぎるぞ」雪に割烹着のような赤のチェックの、油はね用の長袖エプロンを手渡す。


「eriさーん、私、外人さんと一夜を共にしましたー。私の青森りんごカラーを一晩中褒めてくれましたー。たはー」


雪には、前説が一切ない、のびのびと育ったであろう青森なまりが一向に抜けない
24歳の女の子だ。

「インナーは、りんごイメージだったんだ」

雪のシアーカラーのロングの髪の襟足は、赤みの強い桜色を纏って顔を出している。猫のようなふわふわとした、細く柔らかい髪の毛に、血管が見えそうなくらい青白い顔に、桜色はよく映える。薄くまとったファンデーションが、彼女の幼さを際立たせていて、そっと手を出して髪の毛を触ると、
くすぐったそうに、
唇をきゅっと結ぶ雪は、とても可愛い。


真帆は、ひたすらにサムギョプサルを
焼いている。
ホットプレートの周りに卵を流し入れて、手際よくハサミで肉をカットし、熱々の煙をメガネで一身に受け流している姿は何とも愛おしい。

そして、私も雪も一切手伝わない。


ぼんやりと雪を眺めながらグラスに入ったレモンサワーを傾け、カラカラと氷と馴染ませていると、
真帆は、私の口の中にサンチュを詰め込んでくる。

「ほら、口開けろ」
すでに突っ込んでるじゃない、という発言を喉の奥に押し込んでいると、
テキパキとサムギョプサルにキムチと卵を乗せて口に挟まったサンチュに詰め込んでくれる。


「eriは、ほっとくとすぐ痩せるんだら。
ほら、食べなさい」

真帆は、世話焼きだ。彼女も今年25歳くらいになる女の子だ。どっちが年上なんだか、わかりゃしない。私は、口の中でサンチュと肉の組み合わせにうっとりとする。

お酒が進む。私のグラスのレモンサワーが半分くらいになる頃、次の注文を雪はつかさず入れる。

「おにーさーん、梅酒ロックでー」

よく出来た妹分である。


もう、サンチュを咥えておけば、勝手に肉を詰めてくれる方式に味をしめ、私は箸を置いた。

怠惰は、私にとって娯楽である。


BTSのジンが好きすぎる案件について雪のマシンガントークは止まらない。その一方で肉を焼きながら真帆は、私に似合いそうなネイルのカラーにについて熱弁している。シルキーマグネットに埋込型のストーンをが合うと思う、と言いながら、次回の予約を確認しながら、紹介制度でいくら引いてくれるかDMしといた、真帆は話している。


酒を飲みながら、
日焼け対策が甘いとネチネチ言われることは、
聞こえていたが聞こえないふりをした。
店内のBGMが誰なのかはわからないが、何となく肩を揺らしたくなるような、
居心地の良い店だ。

サンチュを口に詰めながら、そろそろ箸を持たないとダメなのかな?と思い始めた頃、
解散することになった。


私たちは居酒屋を出たあと、
足はついつい、
帰り道の定番ドンキホーテに向かう。


「今日は?何買うの?」と、私が聞くと、
真帆は俯いてうっうっ、と肩を振るわせ始める。
恒例行事である。



「彼氏を支えられるのは
私だけだと思うんだけど、
彼氏を甘やかしてあげられるのは、世界で私だけだと思うんだけど。なんで、私が生活の全てを請け負わないといけないんだろう…」

真帆の彼氏は体調を崩している。
何年も同棲しながら、彼女は彼を支えてきた。



先週は、雪がドンキの前で号泣していた。

「私が私でいるために、
私は私の好きな私でいるために彼と過ごしていたのに、
いつのまにか、
私でいられなくなることが、
苦しくて仕方ない」


目の前で必死に生きている女の子たち。
決まってドンキの前で鼻水と涙で
ぐっちゃぐちゃにする2人。

こんなにも、号泣できたら、どんなに楽になれるだろう、と私は羨ましさすら感じてしまう。
涙は、時に、とても綺麗だ。



男と女。生活と、恋愛。仕事とお金。

切っても切り離せない天秤を、涙という形で重さを測っているのかもしれない。
彼女たちはいま、真夜中を歩いている。



横浜のネオンはまだまだ明るい。
泣き顔も、うめく声も、
闇と人の雑踏に調和していく。

私は真帆の肩をさすりながら、
靴のつま先をコンコンと叩く。

そして、今日は満月だなぁと心に焼き付ける。





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