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オブラート


小児科で働いていた時、
抗生剤が飲めない子供に対して、
アイスクリームに混ぜて服用する方法を付添入院する保護者に指導していた。


クラリスロマイシンという、
顆粒の抗生物質は、
表面はバナナのような甘さはあるものの、
口に含んで、溶け出すと、
強烈な苦味が口に広がってしまう。

点滴と、内服。

この2つの医療行為は、
体力のない子供たちにとって肝になる。



当時総合病院で勤めていた私は、
売店で売られているアイスの種類に着目した。
ラインナップは、渋い。

宇治金時アイス、あずきバー、スイカバー。

バーばかりだ。
イケテナイ。

ある日の、お昼。
売店でお昼ご飯を物色していると、
友美さん(売店のおばちゃん)が、
私の隣で小声で話しかけてくる。

「eri、いいの入ってるよ」

「ま、まさか、例の…」

友美さんは、ニヤリと笑い、
冷凍庫を指差す。

驚いた。

バニラ、チョコミント、イチゴ

と、3種類のアイスクリームを導入してくれたのだ。
その総合病院から1番近くのコンビニまでは、残念ながら徒歩20分ほどかかってしまい、
遠方からの入院を余儀なくされているママと子供は、アイスクリームが買えなくて困っていたのである。

私は乱暴にカップラーメンと、
アイス3種と、都昆布をカゴにいれ、
慌てて会計をした。

「裏取引は任せてよ」
私にだけ聞こえる声で友美さんは、呟いた。
友美さんの緑色のエプロンのポケットに、
都昆布をつっ込む。

今回の報酬だ。

「礼は言わないよ」
友美さんは次のお客様の会計を、さばき始める。

私は小児科まで走る。
「間に合った」
子供達の昼食後薬の時間だ。
子供も、ママも、疲弊しきっている。

小さな真っ白な、箱型の個室。
いつもと違う高い柵のあるベッド。

添木をつけられた、注射針の刺さった細い腕。
喀痰が絡んだ湿性咳嗽。
真っ赤なお顔で
お熱と、ご機嫌の悪さは頂点だ。
ママもイライラを通り越して、
終始涙目だ。

こんこん、とノックし、部屋の中を確認する。
ちょうど、お薬と格闘していた。

「ひなたくん、こんにちは」

アイス3種と、
紙で作った黒縁メガネを差し出す。
視線をひなたくんに合わせ、ゆっくりと話す。

「病気を倒す為に、
お薬は飲まないと治りません。
そこで、
ひなたくんに、お願いがあります。
あなたは、今日から博士です。
どのアイスが、
お薬と合うか実験してもらいます。
ここに入院する子供達の為に、
お仕事をお願いしたい、どうだろうか?」

しばらくの沈黙があった。

「やる。」
ひなたくんはメガネをかけた。

私たち医療者と患者は、
信頼関係で成り立っている。
オブラートに話すことも大事だが、
患者が納得できるかどうか。

それは、医療における
「インフォームドコンセント」の基本だ。

”早く治してね、ひなたくん”

あとは、ママに引き継ぐ。
この出来事をママとの思い出に変える為だ。
ママと一緒に、病気を治した、というエピソードは、子供にとって大きな自信に変わる。
私は2人を眺めながら、そっと、
扉を開け廊下に出る。


そんなお薬の記憶。


昨日私は、夜勤中ナースコールを取る。
深夜0時半だ。
部屋に向かうと、
患者様は俯いている。

絞り出す様に話し始める。
薬の飲み込みが悪く、
オブラートを購入したそうだ。

届いた段ボールの重量は18キロ。
オブラート50年分。
料金6000円。

私は吹き出した。
深夜のオブラート50年分は、良くない。
私は、すこぶる笑いの沸点が低い。

オブラート50年分。
オブラート50年分。
オブラート50ねんぶん…

130歳まで使わなければならない。

パワーワードすぎる。
オブラート50年…

つられて患者様も笑い出した。
ガラリと扉が開く。

「ねー、
にゃっはっはーって
笑い声もれてるんだけど!
eriうるさい」

一緒の夜勤ナースのサキちゃんが
扉からひょこっと顔を出した。

オブラート50年分。
いくつになっても、薬の悩みは尽きない。


そして
笑いの沸点を上げるにはどうしたら良いだろう。

オブラートでも、
溶かしてみた方が良さそうだ。


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