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むしろ裸でいい。

うっかりと、
職員健康診断の日を
忘れてすっぽかしたことがある。

夜勤に従事する医療職は、
年2回の健康診断を義務付ける法律がある。

悪意はない。忘れていたのだ。
気づいた頃にはもう時は既に夕方で、
病院本部からくる、健診センター用の車両はとっくに帰路についている。
今更慌てた所で仕方がない。

あ、どうしよう!

と慌てたい気持ちも山々であるが、
そんな映像を見せる義理もない。
休みの日にわざわざ健診を受けに出勤しろと言う方がおかしいのだ。


私はカップラーメンにお湯を注いだ。
そして、150mlの小さな缶ビールを開け、
腹を出して、リビングでバンザイして寝た。
不健康の代表格は、体に栄気を養ってくれる。
いい休日だ。

翌日。
6階建の、建て増し建て増しで巨大化した病院は、朝日の中神々しく立ち尽くしていた。
よろよろと正面玄関付近を歩いていると、
看護部長に呼び止められる。

「あ、あ、erieri!!
例年、健康診断忘れるスタッフ何人かいるんだけど、今年はアンタだけだったの。今日の勤務中、全身一人で周りなさい、健診車は、でないよ」

「……!?…」

部長は、くるりと背を向け、総合受付案内センターに業務用の笑顔を振りまき始めた。

ぽつーん。

私は立ち尽くした。

死刑宣告である。

健診車が出ない。
絶望だ。

病院スタッフに、自分の体を晒す。
スキルオバケの巣窟で。
全科充実した、全身のエキスパートオタクの中で、健康診断…



プライベートの休日に、解剖整理学の本が充実している、国立図書館でデートしない??
と誘ってくるような変態の巣窟なのだ。
私は項を垂れた。
しかも、休みの日でも、
みんな健診受けにきてるのに、
お前サボったな?
の、余計な吹聴を呼んでしまう。

ナンテコッタ

だが、私には、ツテがある。
よし、根回しをしよう。

1番やる気のないスタッフで、
私の健康診断を構成させよう。

もちろん、自分の普段通りの職務をこなしながら、外来の患者さんの邪魔をしないように、
今日中に全ての検査項目を終わらせなければならない。

私の頭は冴え切っていた。

「eriさん、今日も、
OJTよろしくお願いいたします」


でかした、採血はこいつにやらせよう。
新人指導という、
うってつけのアイテムを手に入れた。

私は今日、ついている。

病棟の外線が鳴る。
「eri、松原ナースが、お子さんの熱発で急遽休み!プラス3部屋追加で。」

え。

ラーメン屋じゃないんだから。

あつもり追加で!

みたいに受け持ちを増やすんじゃないよ。プラス3部屋、つまり12人プラスされる。
本来8人の患者を持つ所、結果20人に膨れ上がっている。
しかも、急性期病棟だ。
手術もあれば、急変もある。緊急入院もくるし、痛みや、不安に苦しむ人もいる。検査出しも処置も、回診もあればICだってある。しかも、新人指導をしながら、自らの健康診断をしなければならない。

昨日のリビングの私を呪った…
なんですっぽかした……

朝のオペ出しは9時にスタートすることが多い。
新人ナースと、オペ室に向かう。

ぱさーん、ぱさーん。

むむ?この足音は。

いつだって医局でプレステをしている内科医師の仲田!

私は足音で誰か当てられる特殊能力の持ち主だ。

「ちょっと先いってて。」

新人ナースに患者を任せ、仲田医師に耳打ちする。

「本日13時、医局に行くので、問診お願いしていいですか?」私は捲し立てるようにコソコソと話す。

「あ、eriちゃん。いーよー医局で、なんて、やらしいね、げへへ」 

仲田は、ストレートな変態だ。
ただ、無限の時間をあり余している。
干された医者も時には役に立つ。
ちなみにこの医者、実はスーパーできる逸材であることを、私だけは知っている。(解雇されない事由もきちんとこの点にある。)

私は業務をこなしながら、淡々と、健康診断の項目を埋めていく。

採血、心電図、問診、聴力に視力検査。
仕事も順調だ。

残るはレントゲンのみ。
レントゲンの技師にもこっそり内線で予約済みだ。

実は、私は骨を見られたくなかったのである。

昔っから骨が細く、ややS字に曲がっているのだ。それに合わせて骨盤の位置もずれている。
そう、彼氏に裸を見せたくないと言う、
心理を数百倍上回るほどの辱めだ。誰にでも、見せたくないものは、あるだろう。

私の場合は、ダントツ、骨だ。

レントゲン写真が撮れたという点のみを重視する、女性スタッフ杉田を選んでおいた。
これで、平和に終われる。


「eriでーす、レントゲンお願いしまーす。」
おや?杉田がいない。


仕方なく、近くにいた、放射線技師の平井に聞いてみる。「あのー、杉田は?」…「杉田さん?あ、造影CT行ってますけど」なんてこった、じゃあ、改めてきます…と言おうと思ったその時。
「僕が撮りますよ」平井は、笑った。ニヤリと。

仕方なくブラジャーを外し、検査着に着替える。
胸部のレントゲンを撮影する。

ナース服に着替えて、出ようとすると、手招きをされる。

「いい写真でしょう?」彼は自分の撮影したレントゲン写真に惚れ惚れしている。そして、凝視している。

「うーん、細い骨ですね、バランスは良い。ここに骨折した跡が残っていますね、お怪我ですか?
そして、側湾だ。大きくS字になっている。僕の脳内の解像度も上がってきたぞーぅ。
キュピーン!」


変態である。医療変態マンだ。
これが嫌だったんだ。
まじまじと
マジマジと、レントゲンを舐め回すように見ている。これは、新手のセクハラだと思う。

裸で彼の前で踊った方がよっぽど、
マシである。


そして、本日、皮膚科の門を叩いた。
夜勤続きの疲労から、鼻の脇にチョコンとした大きめの吹き出物が治らなくて
困っていたのである。

皮膚を見られるのも苦手だ。
色々見透かされている気がしてならないのだ。

難がある場所とは、
どうして、こうも、自信がないのだろう。
皮膚科には、お年を召した先生が座っていた。

「今日は?どした?」

「ニキビが治らなくて、
同じところにポツンとずっといるんです……」

「なるほどねー、えっ、にきびある?
綺麗じゃない?」


先生は、私の顔面ギリギリまで、顔を近づけた。

「老眼になるとね、映像の解像度が悪くてね
だはは。」

全変態医療職に伝えたい。
自らの医療倫理の解像度をあげよ。
変態を撲滅せよ。

と、ワタシは大声で、
裸で踊って叫びたい。


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