sense
私は、1人のnurseの生態を、
ここ一年ずっと観察している。
依田さんだ。
依田さんは某大学病院のER出身の
エリートナースである。
あ、振り返った。
誰もいない廊下で、
時々彼女は悲しい顔をして
振り返ることがある。
時々、立ち止まり、
遠くから人を眺めていることがある。
人のことは言えないが、
彼女の挙動は、おかしい。
私は、物陰から彼女の挙動を窺っている。
時々話している内容に違和感はあるし、
目がキマッテイルこともある。
私は名探偵eri。
真実はいつもひとつ。
(ティコさんお借りしますよ)
不可解な点は、
一つ見つかると芋づる方式で出てくるものだ。
ある日の看護記録の内容を閲覧
していたときのことである。
私の病院では、「SOAP」という、看護記録の方法を採用している。
S 主観的情報
O 客観的情報
A アセスメント、評価
P 治療
大体このような内容だ。
不可解な女、依田の記録を、
さらりと再現してみる、
まず対象の情報を。
60代男性 脳梗塞 失語・ジャーゴン
S お腹が痛い 3
O 触診により右の季肋部、鈍痛。
フェイススケール3 脈拍増加 直近の採血炎症 データ変化なし
A 持続的な鈍痛により、胆管系炎症起……
ジャーゴンとは、
失語症の一種で、言葉は流暢に話せるものの意味がわからず、でたらめな発話をする状態のことをさす。
びっくりするほどに、何を話しているのかわからない。そんな患者様だ。
S情報…
大抵は、患者様が話していることを書く…
彼は失語症…
話していても、それはまるで動物のような、
うめき声に近い。
S情報に想像は加えてはいけない。
あくまで事実を書くこと。
それは大原則である。
しかもフェイススケール3
痛みの評価まで本人としちゃってる…。
時々、その患者と彼女は、
爆笑しながらお話しをしている。
何かがおかしい。
実際この時、私は回診についていたので、
医師へ、その話をした。
「もう一度採血してみませんか」
この時、彼の体の中では消化器に炎症が起きていることがわかり、すぐさま治療が開始された。
何かがおかしい。
医師も、首を傾げている。
「eriなんでわかったの?」
私は答えられない。
色んな意味で。
私は依田さんにロックオンしている。
気になる。
彼女は何者なんだ。
先週、私は酷く、疲れていた。
何をしても疲れが抜けず、危なくnoteからもしれっと消えようとさえしていた。
色んなものが、うまく昇華できずにいた。
仕事が次々と舞い込んだ。
後輩からも、管理者からも、業務の相談や、改革も迫られた。
一人一人の話を聞いたし、
その先に導くために、一人一人の個性を潰さない方法を、深く考えた。
一度ステーションに座ると、
私の周りには人が集まった。
幸せなことである。
私に心を開いてくれること。
口を開いてくれること。
胸の内を晒してくれること。
それがいつからか、とても苦しくなった。
ある日の依田さんは、また、
廊下で不思議そうに何かを見ていた。
不思議なもので、私も何か感じた。
「依田さん?」
「なーに?eriちゃん」
「今、何かすれ違った?」
依田さんはハッとしていた。
「気づいた??」
私はうなづいた。
「死神」
「今週、多分だれか亡くなると思う。」
彼女は、見えていた。
何かを。
そのまま、彼女は続ける。
「eriちゃん、桃色の肩のやつ、
どこにやったの?」
よくよく話を聞いてみると、彼女は人のオーラが見えると言う。
私はいつも、ビタミンカラーのオレンジを纏い、
優しい色のうすーいブルーと、
肩にちゃんとお守りのような桃色の丸い何かを載せていたと言う。
ある日を境に、私は、オーラを放たなくなり、
自らの中にしまい込んだらしい。
それが真実かはわからない。
彼女の虚言かもしれない。
危ない何かをしているのかもしれない。
でも、彼女の看護は、いつだって正確だ。
普通の人にはない、
シックスセンス。
数日後、そのフロアにいたある患者様は急変してお亡くなりになられた。
ジャーゴンを話す患者様と、
依田さんは野球の話をしている。
ご家族が面会に来られた際に、私は聞いてみた。
「ベイスターズファンって本当ですか?」
奥様の顔は引き攣っている。
「主人のベイスターズファンだって話、
私まだ誰にもしていないんですけど。」
名探偵eriは、世の中の不思議を今体現している。
そして、実態のない、
ピンク色の丸い何かを肩に乗せようと、
少し小躍りをしてみる。
誰か、横浜周辺で
私の肩に乗っている桃色の何かを見つけたら、
それはきっとモスキートeriで間違いない。
そっと、ボックスを踏んで欲しい。
潔く応えよう。