小さなボタン。
「実写版碇ゲンドウがいる」
それは私のことですか?
後方から、同僚の声がする。
しかし、私はその言葉にすら、
反応ができない。
この世に生を受けてから、
幾つのボタンを押したことだろう。
電車の券売機、バスの降車ボタン、固定電話のナンバー、スーファミのコントローラー。
私達は、
何かのアクションを起こす際に、
ボタンを押す。
人生においても、たくさんの選択肢の中から過ったボタンを押した経験はないだろうか。
私にとって、それは結婚だった。
とても、長い15年間だった。生きた心地がしなかった。息をするのも苦しかった。
自分の存在を何度も否定した。
つらかったな。
と言える今、少しだけ色々な呪縛から解放されて来たのだと思う。
今だにスマホの着信や、
LINEの通知音で動悸がするし、
ふとした時に、
色々な記憶がフラッシュバックする。
「人は、忘れることで生きていける」
低い、ゲンドウの声がする。
そして、今、目の前で私は大きな選択を迫られている。
「所詮、人間の敵は、人間だよ」
周囲の人間が、少し皆遠くに離れたようだ。
私は2時間、この衝動抑制と闘っている。
「お前には失望した…」
ゲンドウは言っている。
でも…
どうしても、押したいのだ。
「eriさん、患者さんの状態が悪いです、
見に来て頂けませんか?」
私はハッとして、立ち上がる。
「勝ったな」
ゲンドウの声がまたする。
「離婚」というボタンを押してから、私は日々、こんな闘いをしている。
「時計の針は元には戻らない。 だが、自らの手で進めることはできる」
ボタンを押さない選択もある。
私は、こんな小さな闘いを、
幸せと呼んでみようと思う。