マダガスカルのキツネザルから昆虫食を考える
ベンチャー企業「グリラス」が11月、徳島地裁に破産手続きを申し立てた。同社は、食用コオロギの生産や商品開発に取り組んできた企業であり、徳島県内の高校でのコオロギ食が昨年大きな話題となった。
将来の食糧危機(カロリー供給)や気候変動対策として注目された昆虫食だが日本での定着はかなりハードルが大きい。日本でも昔から一部地域でのイナゴ文化などはあるが、もともとコオロギが食文化として馴染がないことや学校給食への導入は抵抗が大きい。
世界ではEUの導入事例などが報道(SDGS推進の観点などから)されたが、他国で導入した事例から学ぶことは多い。他国ではどのような事情から昆虫食を導入し、何を目指しているのだろうか。
本記事はマダガスカルでの昆虫食活用事例を紹介し、日本での食料問題についてSDGSや気候変動対策にフォーカスする大手メディア報道とは異なる視点(希少生物の保護)から考察してみたい。
1.マダガスカルについて
あまり馴染みがないマダガスカル島についてであるが、アフリカ大陸の南東部、インド洋の西部に位置する世界第4位の島である。その全域がマダガスカル共和国の領土である。
アフリカ大陸から切り離された島であるため、マダガスカルで見出すことのできるすべての動植物種のおよそ90パーセントが固有種である。特色ある生物相ゆえに、マダガスカルはしばしば「大陸のミニチュア」あるいは「第8番目の大陸」と形容される。
マダガスカル島への人類の定着、農業、牧畜により島の多くの森林が失われ動植物種の多くが絶滅の危機に瀕している。
農業や牧畜に当たっては森林伐採による農地の開拓が必要となる。
牧畜、つまり牛や羊、山羊といった家畜の生産・肥育には森林ではなく開けた牧草地が必要となる。人はたんぱく源を摂取しなければ生きられないため、人口増加が進めば牧畜は必要となるがこれは森林伐採とセットになる。
この問題は地球温暖化(気候変動)対策とセットで語られることが多いが、絶滅危惧種を含む野生動物(固有種)の保護の観点からも重要な課題である。
2.キツネザルについて
マダガスカル語で「レミュール」と総称されるキツネザルなどの原猿類は、マダガスカルを代表する哺乳類とされている。マダガスカルには他の大陸とは違い、レミュール以外のサルなど他の競合種がいなかったため、環境に適応し多様化したと考えられている。
キツネザルについても、牧場用の野焼き・過放牧による森林伐採などによる生息地の破壊、現地住民の食用捕獲などにより、生息数は減少しているとされる。
キツネザルは絶滅危惧種であることから、Madagascar’s wildlife laws(マダガスカル野生動物法)による保護を受けている。
一方で、マダガスカル島のremote villages(人里離れた集落)では狩猟により現地住民の食糧としてHunt(捕獲)されており、現地住民のたんぱく源(75パーセントに上る)として消費されている。
※なお、日本では猟友会が存続の危機となりクマが人里に跋扈している状況であるが、マダガスカルのような経済的に貧しい国では現地住民が生きるために狩猟を行いたんぱく源となる野生動物をHuntしているのが実態である。
3.昆虫(サコンドリー)食
サコンドリー(Sakondry(Zanna tenebrosa))は、マダガスカル原産の昆虫で、すでに食用としてスナック感覚で地方では伝統的に食べられている。揚げるとベーコンのような味がすることと、栄養価が高く調理後は冷蔵せずに保存できる特徴がある。
マダガスカルでのサコンドリーの昆虫食文化を生かして、現地住民の食糧供給を行い、キツネザルの捕獲数を下げようとする取り組みが国際連合食糧農業機関(FAO)主導で行われている。
なお、サコンドリー自体の生息数が減少していることから、サコンドリーが餌とするマメ科植物の栽培(SAKONDRY FARMING)を現地では行っている(国連機関が農業指導)。
マメは窒素固定により栄養源を自力で生産する。フェンスの上、小道沿い、既存の作物の間など未使用で十分に活用されていない地域での栽培が可能なので、新たな農地の開発のための森林伐採や焼畑農業を行う必要はなく、現地での森林破壊を防ぐ効果があり、また、マメそのものが現地住民の食料となるメリットがある。
このサコンドリー農業により、住民に対してサコンドリーを食料として持続的な食糧供給が可能となり、かつ従事者の収益アップにつながるとされる。
https://wildlifemadagascar.org/ecoagriculture/sakondry-farming/
昆虫食導入のきっかけとして、現地住民にたんぱく源として捕獲される絶滅危惧種(キツネザル)の保護という観点がある。現地住民のもともとの昆虫食文化を生かしながら、生物学的な知識をもとに「サコンドリー農業による食料供給の安定化」を推進している。
4.日本との比較と考察
マダガスカルの昆虫食は、食用とされるキツネザル(野生動物)の数を物理的に減らす効果とともに、持続的農法(マメ科植物栽培)により森林伐採を防ぎ野生動物の生息場所を守る効果が期待される。現地住民にとっても狩猟よりも安定的な植物栽培の方が安定的な収益にはつながると見込まれる。
重要な点として、サコンドリーの昆虫食文化が現地にもともと定着していたことが挙げられる。国連機関や欧米からの押し付けであれば反感を買う。丁寧な現地とのコミュニケーションが大切である。
日本での話に戻る。昆虫食自体は日本でもイナゴなどないわけではないが、コオロギ食は(私の主観だが)かなり唐突な感があった。もともと根付いていた食文化ではないことは導入を困難にするのは自明であろう。
またメディアでは「将来の食糧危機への備え」や「日本の食糧自給率の低さ」を昆虫食導入の動機として掲げていたが、日本は水稲耕作によるコメの生産と家畜生産がすでに行われている。マダガスカルのように貴重な森林資源や希少動物が生息している環境下での新たな農地・牧草地開発による森林伐採が危惧される状況とは大きく異なる。どちらかといえば後継者不足により農業、畜産業は衰退している状況であり、新たな農地開発が今後増える未来図は想定できない。むしろクマやシカなどの野生動物が増えて深刻な被害をもたらしているほうが遥かに問題であろう。
EUや国際機関の主張する昆虫食による「気候変動対策」や「将来の食糧危機」はアフリカや東南アジアなどの農地開発を積極的に行っている地域に対しては当てはまるが、それを日本に当てはめて議論するのは早計であろう。
(補足)なお、シンガポールなどもこうした昆虫食導入を進めているが、シンガポールは国土の問題から農業・畜産業は物理的にできない。同国は食料品のほぼ全てを輸入しているが、安全保障上の課題となるため、昆虫食も検討しているのが実情である。
ちなみに培養肉の研究開発に積極的なのはシンガポール、イスラエル、オランダであるが、これはこれらの国は農業地が国内に少ないためであり、安全保障の観点から研究室での食品開発を国家計画として進めている。イスラエルの農業は凄まじいのでまた機会があれば別記事であげてみたい。
5.日本での今後の導入について
これまで述べてきたように日本での昆虫食導入には他国とは状況が異なることから慎重な立場である。昆虫食が悪いというのであはなく、国や地域によって食料事情は様々であり日本に最適な食料供給とは何かを丁寧に考えることが重要である。
最後は日本の食料課題について簡単にあげて締めたい。
正直なところ、昆虫食の導入より下記の課題への対策の方が急務であろう。
〇食料品の物価高騰と抜本対策
輸入食品に大きく依存している日本の食品は円安・ウクライナ戦争による物価高騰により大幅な食品の値上げが行われている。
海外の影響をもろに受ける現在の農林水産業には大きな課題がある。特に畜産は肥料、飼料の多くを輸入に頼っているのが実情であり、安価な国産品の研究開発が求められる。
〇後継者不足への対応
農業全般の最大の課題ともいえる。少子化も進み見通しは暗い。
機械化を推し進めるとともに、小規模農家の統廃合を進めることが必要であろう。合弁会社のような形で集団で経営する方法も考えられる。
〇ジビエの活用
クマやシカ、イノシシによる農業被害も深刻である。一方でこれらの害獣はジビエとしての活用も可能である。猟友会は高齢化し狩猟者も少なくなっているのが現状であろうが、人の被害も発生している。農業問題とは異なるが対策は必須であろう。そのうえで淘汰したクマやシカの肉をジビエとして食料供給できないか。現状は供給自体は可能だが高価で人手もかかっている。
クマ被害など見るに適切な野生動物への淘汰圧は必要だ。豊かな日本の生態系の維持には、人による捕獲・管理が一定程度行われることが必要ではないだろうか。
ここは積極的に国や自治体も支援していく必要があるし、ベンチャー企業などの参加も重要だろう。
終わりに
最後となるが、他国の事例から学ぶことは多い。
マダガスカルの昆虫食事業は発展途上国でのモデルケースとなる可能性を秘めているだろう。他国の事例(失敗例も含め)を学びつつ、日本にあった食料供給や食文化の形成を丁寧に議論し進めていくことが重要である。