楽しきカオス
夫が車を買った。
私は貧乏で車のない家に育ち、
夫は金持ちで、義父の出勤には、車のお迎えが来るような立場だったが、自家用車のない家に育った為、
子育てに自家用車は夫婦の悲願だった。
しかし、経済的にはちと厳しい。
家のローンはまだまだあるし、娘の教育費はこれからだ。私は妊娠、出産で仕事をセーブしてしまった為、以前より収入は下がっているし、私の実家にも娘を見てもらう代わりにお金を入れている。もう少し貯金を増やして、余裕ができてからと思っていたが、夫がほぼ衝動的にステーションワゴンを購入してしまった。しかも我々、ペーパードライバーだ。発達障害の衝動性、恐るべし。
どうしても欲しくて買ったので、夫はそこに上手くのめり込み、せっせとペーパードライバー教習に通い、平日は仕事が終わってから、休日は日中、ほぼ毎日、私と娘を乗せて、どこかしらドライブに出掛けている。自動車をはじめ、乗り物大好きな娘は大喜びで、言葉が遅いのに、「パパの車、乗りたい!」はちゃんと話せている。夫のドライビングの腕もメキメキ上達。やるじゃないか、夫。
♪ドッド、ドライブ〜
謎のオリジナルソングを口ずさんで、都内を走っているが、早速、左車体を激しく擦ってしまった。
修理の見積もりに奔走する夫。どこも高い(泣)
今日は、午前中、私もペーパードライバー教習を受けることになり、夫に車で送ってもらう。その間夫と娘は近くのショッピングモールで時間を潰し、終了後合流。モール内のマクドナルドでランチをしてから、近くの鈑金工場に見積もりを取るため、現状を見せに行くことになっていた。
休日のマックは激混みだが、何とか座席をキープ。20分以内に食べれば予約の時間に充分間に合うが、夫のトリチがダブチに間違えられていた。夫、こういうのに弱く、衝動的にカッとなってしまう。
「すいませーん!」
夫が大声で店員を呼ぶと、その声のデカさに店内の客が全員一斉に我が家族を見る。しかし、店員は誰も来ない。身の危険を感じ、避けたか。いつもの事なので、私は笑いを噛み殺す方に必死だ。結局、店員が近くに来た時に私が声をかけて、取り替えてもらった。謝罪には相応しくない陽気な声と笑顔で「申し訳ありませ〜ん、お取り替えしますっ」と店員は対応したが、早く替えてくれればそれでよい。
娘はそんなことお構いなしで、嬉しくて歌って踊りながらフライドポテトを食べている。歌になると、フルコーラスしっかり歌詞がのる。あまりの熱唱ぶりに、隣にいた3歳くらいの女の子が「このお姉さん、大丈夫?」という表情で娘を見ながら枝豆コーンを貪っていた。大丈夫です、ご心配なく。
見積もりの担当者が不在⁉️
マックから鈑金工場まではナビで5分の筈なのだが、店が見つからない。進行方向とは逆の場所にあるらしいが、Uターンは禁止である、店に電話しても留守電に切り替わってしまい、繋がらない。パニックになった夫は、車を止めて、歩いて鈑金工場を探しに行った。15分ほどして、私に電話があり、見つからないと。店に電話しながら探さなかったの?と訊くと、パニックで思い付かなかったと。
再度、私が電話をかけると、ようやく繋がった。予約の時間から30分が経ってしまった。すぐ近くのガソリンスタンドの中に窓口があるらしい。しかも、今日は担当者が体調不良で見積もり取れませんと言われてしまう。何故、連絡くれないの⁈
両親のイライラとパニックを前にしても、娘は楽しく歌っていた。
🎵ゼリー、プリン、ぷるるーん
オリジナルなのか、童謡にでもあるのかわからないがその歌声に、夫がイライラパニックを治め、同じ歌を歌いながら落ち着いて運転をしていた。何だか丸く収まったからいいか。
私が子どもの頃は、楽しく家族で出かけられた記憶がない。自動車がないのに、家族5人でやたら出かけたがる父親に付き合って遠出するものの、電車のダイヤや目的地までの道順をよく間違えてはパニックになり、家族に八つ当たりしていた。私は三人きょうだいの1番上の長女、弟は5歳、10歳と歳が離れており、下の弟は知的障害があった。母はいつもクタクタでイライラしていたが、父を刺激すると更に大変になるので、黙って我慢していた。にもかかわらず、父は、親戚中に「家族に失敗を責められるんだ」と泣いて触れ回っていた。楽しい雰囲気にしようとすると、父が調子に乗って更に失敗したり、ふざけたりするので、ピンチを楽しく乗り越える考えは持てなかった。
双方毒親育ちの両親の元に生まれた娘には苦労が絶えないかもしれない。しかし、負の遺産は引き継がないよう、何とか頑張っている。静かに順調に物事をやり過ごすことが普通なんだろうけど、カオスを楽しめるなら、普通じゃなくても幸せである。