本当の海の色は
長崎県の五島列島で、水筒のフタが壊れていることに気づいた。
と言っても、フタの縁が少しめくれる程度。まだ使えるねと夫と確認した。
遅めの夏休みとはいえ、島の日差しはなお暑い。手入れが簡単で保冷に優れた青色の水筒には、まだ活躍してもらいたい。
5歳の長女のリュックにはもう一つ、彼女のピンクの水筒が入っている。旅に出る時は大抵、この2つを持参する。次女がもう少し成長したら、最近はやりの軽くて小さな水筒が加わるだろう。
長崎は海と島の県だ。
約40年前、夫は海に囲まれた諫早市で幼少期を過ごした。そこで数年間、農業や漁業に関わる仕事をした義父は、帰京後に生まれた夫の妹に「碧」と名付けた。
「本当にきれいな海は青じゃなくて、みどりなんだよ」
長崎を第二の故郷と慕う夫は、義父から受け継いだのだろう言葉を、たびたび口にした。
その義父は今年初め、彼岸に旅立った。諫早と五島を巡る旅は、義父を偲ぶ旅でもあった。
島では、本当にみどりの海を見た。翡翠のような半透明の海と、岩の多い陸地の境にサンゴが揺れて、深緑のグラデーションを織りなしていた。
浅瀬で拾った貝殻を、長女は後生大事に抱え、中身を水筒に移した2リットルのペットボトルの口に、一つ一つ入れていった。貝殻が含む水分が加わって、中に海がよみがえる。即席のマラカスにもなって、長女は島にいた数日間、かさばるのにもめげずに持ち歩いた。
その傍ら、海岸にはプラスチックゴミが打ち寄せられていた。
ペットボトル。ビニール袋。ポリタンクのようなもの。外国語のラベル。
海洋プラゴミの問題はテレビで見たことがあったけれど、透き通る海とゴミまみれの海岸との対比は、じかに見ると衝撃だった。ヨタヨタ近づく次女に「汚いから触っちゃダメ!」とかけた自分の声が、むなしく響いた。
旅行や外出の際、500ミリのペットボトル飲料を極力買わず水筒を持ち歩くのは、節約のためという面が大きい。海岸のゴミを拾い集めたわけではないし、長女の「海入り」2リットルボトルも、空港で再び空にして廃棄した。
プラゴミ削減に励んでいると胸を張れるわけではない。けれど、海と海岸、水筒、ペットボトルの情景が、娘たちの小さな胸に留まってくれたらと願う。東京に持ち帰った貝殻は、そのために役立ってくれるだろうか。
本当の海の色はみどりなんだ。
義父が託した記憶を、小さな行動と祈りに変えて、孫たちの未来へとつなげたい。